猫釣り

 猫釣り、という遊びをする。
 本日は晴天なり。猫釣り。中学校から家に帰る道の帰る途中に、野良猫がたくさん、集まっている小さな公園があるのだけど、そこで私は猫釣りという遊びをする。猫釣りというのはどういう遊びかというと名称そのままの遊びで、猫を釣るのだけど、公園の入り口付近には一メートルほどある背の高い植物がザワっと生えているので、そのうちの一本を引っこ抜いて、それが竿と餌の代りだ。猫釣りは楽しい。引っこ抜いた植物を猫の鼻先でちょいちょいと動かしてやったら、彼らは植物をそういう虫とか、小動物なんかだと勘違いするのか、キッと目の色を変えて植物の動きを追いかけ、そして隙を見て、シュッ、と、爪の生えたしなやかな手を伸ばして、捕えようとしてくる。猫たちのそんな反応を楽しむのが猫釣りという遊びで、猫釣りは楽しい。野良猫というのは気まぐれな生き物だが猫釣りをすれば大概構ってくれる。猫釣りというのは、猫と遊ぶにはいちばん簡単なやり方。そうやって彼らと戯れてる時間は、楽しい。

 私はキタムラくんが好き。
 キタムラくんは同じ中学同じ学年同じクラスの男子で出席番号七番。背が高く綺麗な顔そして走るのが学校の誰よりも速くて、私のみならず学年の女の子は大概、彼に対して少なからず憧れを抱いちゃっているわけだが、キタムラくんが好き。だけど私がキタムラくんを好きというその好きという気持ちは、恐らく学年のどの女の子と比べても負けてないぐらい強くて、なので私はキタムラくんをどうしても手に入れたいって思って、どうしたら手に入れられるのだろうか。普通にやってちゃ駄目だ。彼は学年一格好いい男子だが私は学年の中でも二十番以内に入れるか入れないかというぐらいの微妙な容姿でしかないので普通にやってちゃだめだ。ああそうだ彼を手に入れるための途方もない競争率は第一志望の高校の入試倍率なんかよりも何倍も高くてそれを考えたら普通にやってちゃ駄目だと、考えたので私は、中学生の私は、少し怖いし、狡いし方法かもしれないけど、サッカー部の練習の合間、水飲み場にやって来た彼に声を掛けそれから、
「ねえキタムラくんアンタの身体の好きなとこ舐めたたげるよ」
 男のひとにそんなことしたことないけど、そんなふうに、言った。

 好きだよ、だなんていうのは、だって、言われ慣れてんだろうなって思ったから。
 好きだよなんていうのはきっと言われ慣れてるから、今更学年二十位ぐらいの子に好きだよなんて言われたって何も感じてくれないかもしれないって、そう思ったから。
 だけど私たちはまだ子どもなので、キタムラくんも恐らく同じように子どもで、だから好きだよ、とは、言われ慣れていたって、舐めてあげる、は、なかなか言われたことないだろうなって、私は思ったから。
 気を引きたかったんです。好きだったのでこっちを見て欲しかったんです私は。
 そして私はその日の部活の後、一緒に学校のトイレに行き、部活で汗をかいたキタムラくんの身体を舐めたり、触れたり、咥えたりだとかを、そんな感じでして。
 翌日、はじめてキタムラくんの方から、私に声を掛けてくれた。舐めてって言われた。
 次の日も、また次の日も翌週も翌月も私は、舐めて触って咥えた。
 そうして今日もキタムラくんは私に、舐めてと。
 廊下ですれ違いざまにひそりと、舐めてと。
 舐めてと、だけ。
 好きとは言ってくれない。
 私はそうなってしまった。

 猫釣り。 
 本日は晴天なり。学校でキタムラくんを舐めてその帰りに、猫釣り。長い植物を獲物に見立てて、さあ、飛びかかっておいでと、彼らの鼻先で揺らした。猫は獲物を狙う目になり、シュッと飛びかかって、その姿を見て私は、良いなと、思うのだけれど。無駄がないけど、柔らかそうなそのふわふわの身体に、触ってみたいなあって、植物を脇に置いてソォッと、手を伸ばすのだけれど。ああだけれど、私は知っているんだ。いちど獲物を狙う目になっちゃった猫っていうのは、なかなか私に、心を開いてくれない。猫釣りは猫と遊ぶにはいちばん簡単なやり方だが、猫釣りをやると猫はなかなか私に心を開いてくれない。ねえ、あの子もそうなのかなって、私は尋ねるけど、猫はもちろん、私に答えてくれない。

 

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