痩せた醜い野良犬になっても

 

 同じ夢を何度も見た。その夢の中で私は野良犬だ。犬の私は毎回とにかくお腹を空かせておりとても痩せている。夜中の街を一頭きりてふらふらとさまよい歩きながらゴミ収集所に捨てられているポリ袋を見つけては破いて、その中にある生ゴミを貪り食うのだった。生ゴミはたいてい酷い匂いを放っているのだけど食べなければ飢えて死んでしまうので一心不乱に口に運んで飲み下していった。
 
 
 仕事を終えてから同期の女の子たちに誘われて合コンに出席した。相手の男たちはいずれも有名な大企業に勤めており顔立ちもそこそこ整っていたけど自分がいかに優れた人間なのかということを延々と喋っていたので私はただただ疲れた。男たちの中のひとりが私のことを気に入った様子で帰り際に連絡先を交換してしまった。
 
 合コンがお開きになってから私はスマートフォンで恋人にメッセージを送った。今から行っても良い? すぐにイエスの返事が帰ってきた。地下鉄を乗り継いで恋人が住む二階建ての一軒家を訪ねると彼はひとりでテレビを見ながら食事をとっていた。彼は現在四十二歳で私より十五年も長く生きている。実年齢より若く見えるなどといったことはなくお腹も出ているし加齢臭もある普通のおじさんだ。しかも妻子がいる。もう何年も別居しているようだがそれでも私たちの関係はいわゆる不倫にあたる。私は冷蔵庫からビールを一本取り出しコップに注いでから彼の隣に座った。恋人は私に「おつかれさま」と笑った。
 
 私は今年で二十七歳になり身の回りでは結婚や出産にまつわる会話が毎日のように飛び交う。結婚式の招待状が送付されてくる頻度は多くなってきたし両親や親族も私が早く結婚して出産することを望んでいる様子だ。年齢が近い同性の友人や職場の同僚たちも私の交際ステータスについてたびたび尋ねてくる。だが私が恋人との関係を正直に話せば「既婚者相手じゃ結婚は難しいし将来なんかない」などとキツめのジャッジが下る。もちろん私だって彼との関係を続けていった末に平均的な二十七歳女性が望むような未来があるなんて考えてはいない。いかに彼の夫婦関係が冷めきっているとはいえ離婚した上で自分と再婚してくれるなんて甘い期待を抱けるほど私の頭はお花畑ではない。
 
 
 恋人と出会った時。私は書店でアルバイトをする二十一歳の大学生だった。彼はその書店の従業員だった。アプローチは彼の方からだった。スマートフォンを買ったので通話相手になってくれませんかと十五歳も年上で妻子持ちの冴えない男から非常に不器用な口説かれ方をされた。まっとうな神経を持つ若い女性であればそんな誘いなど歯牙にもかけないだろう。だが当時の私はまっとうな神経の持ち主ではなく求められればどんな男にもついていくし誰とでも寝るような女だった。だから誘れわるがままに彼と連絡を取り合いふたりで会いもしたし何度めかのデートで身体も簡単に許した。
 
 
 小学生の頃は体育の授業が苦手だった。運動が不得手だったわけではなく準備体操の際にふたり組を作らなければいけなかったからだ。私は小学校の六年間で二度転校したが一度目に転校した先では二年生の三学期という時期的な要因もありふたり組の組み合わせはほぼ固定化していた。さらに私が加わったことでクラスの人数は奇数になっていた。なのでふたり組を作りなさいと教師が指示を出すたびに私は誰からも欲しがられることのない余り物になった。クラスでいちばん必要とされていない人物。手に取る価値ない売れ残り。そんな私をクラスメートは哀れで劣っており価値がないものを見るような目で見た。
 
 五年生の春に二度目の転校をした。私はもう二度と余り物になどなりたくないと思った。だから二度目の転校先では決して余り物にならないよう工夫の限りを尽くした。教室内での話題や流行に対して常に気を配り仲間はずれにならないよう努めた。可愛らしい文房具や洋服が流行れば貯金しておいたお年玉を惜しみなく使ってそれらを手に入れたし休み時間の会話を充実させる目的でテレビのドラマや歌番組を観た。ふたり組を作れといつ言われても大丈夫なように別に好きでもなんでもない子と仲良くしたりもした。余り物にならないことが何より重要だった。
 
 中学生を経て高校生になると友達同士の話題において恋愛の比重が非常に大きくなった。この変化により恋人のいない子や恋をしたことのない子は体育の授業でふたり組を組めない子どもと同じように買い手のつかない余り物としてみなされるようになった。私はもう二度と余り物にはなりたくなかったので途絶えることなく恋人を作るようになった。ひとりとの関係が終わっても恋人がいない期間が発生しないよう複数人と同時に交際することもおぼえた。高校を卒業し大学生になる頃にはもうすっかり誰とでも寝る女だった。
 
 誰のことも好きではなかった気がするし誰に抱かれても好かれていると感じることはなかった。ただ抱かれていない時にはまたいつ余り物になるかもしれないという漠然とした怖さが強くあった。誰かに抱かれている時だけその怖さをやり過ごすことができた。アルバイト先の書店で知り合った十五歳年上の彼に口説かれてはじめて寝た時だって有象無象に抱かれるのと同じで愛情などは特に感じず一時的な安堵だけがあった。
 
 
 同じ夢を何度も見た。その夢の中で私は野良犬だった。飢えて痩せ細り生ゴミを漁る汚い野良犬だった。そんな私のことを街を行くひとびとの多くは哀れで劣っており価値がないものを見るような目で見ながら通り過ぎていった。だがその中にひとりだけ私の前で足を止める男がいた。その男は新鮮な肉を一切れだけこちらに投げて寄越した。私はすぐさまその肉に食いつきゴクリと飲み下すが特に美味しいと感じることはなかった。酷い匂いの生ゴミと同じく今を生き延びるための栄養分としてだけそれを貪った。仕方がない。ゴミを食うほど飢えている時に新鮮な肉を一切れだけ投げ与えられてもその美味しさに気づくことなど出来るはずがない。それを美味しいと感じてしまっては二度と生ゴミなんか口にできず餓死するだけだからだ。生ゴミを食うことができれば少なくともお腹を壊すまでは生きることができる。お腹を壊すまでは。
 
 
 二十二歳の時に私の身体は壊れた。濡れなくなってしまった。誰にどのように触られても私の身体は男を受け容れる状態になれなくなってしまった。中には無理やり押し入ろうとしてくる男もいたのだけどあまりの痛みに私が耐えられず上手くはいかなかった。濡れない身体になったことが分かるとそれまで私の傍にいた何人もの男たちは潮が引くように姿を消していった。また余り物になってしまう。小学生の頃からずっと追いかけてきた恐怖が私の影を踏んだ。自分のことを哀れで劣っており生きる価値のない売れ残りだと思った。
 
 そんな時にたったひとり残ってくれたのが書店員の彼だ。抱くことができなくても。話をしながら散歩をしたり家でテレビを見るだけしかできなくても。彼はそれまでと変わらない頻度で私を誘い続けた。こうした時間を過ごすことで彼はようやく私にとって特別な人物になった。別居中の妻子がいることはもちろん知っていたが私はいつのまにか彼のことを恋人と呼ぶようになった。私の身体が徐々に回復して再び身体を重ねられるようになるまでには二年ぐらいが掛かった。その時には、生まれて初めて人の肌に触れたかのような充足感があった。
 
 
 恋人が隣で眠っている。たるんだ顎に手を触れると伸びかけた髭がちくちくして痛い。見れば見るほど冴えないおじさんだしこのところ髪の毛も薄くなってきた気がする。ふと枕元に置いたスマートフォンを手に取ると先ほどの合コンで連絡先を交換した男から今度ふたりで出掛けないかとメッセージが来ていた。
 
 そりゃあ私と恋人は正しい関係ではない。明るい未来のある関係でもない。ふたりで家庭を築くところなんて思い描けはしないし、もしも彼が家族との関係を修復したいといえば身を引くことさえできる気がしている。なぜなら私はもう、余り物になってしまうことを、少なくとも昔ほどは、恐れていないからだ。それは彼のお陰だ。
 
 合コンで知り合った男からのメッセージに私は返信を返した。誘ってくれてありがとう、でもお断りしますねと入力して送信ボタンを押した。それからスマートフォンを枕元に戻して、寝息を立てている恋人のおでこに人差し指で触れた。



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