抗う者のピアス

 ホテルの浴室でシャワーを浴びながら鏡に映る自分の姿をわたしは確かめる。この身体には今の時点で合計八つのピアスが着いている。内訳は舌にひとつ、右の耳に六つ、そして胸元にひとつだ。これは校則に違反しているし両親にも目くじらを立てられているが外すわけにはいかない。なぜならこの身体は他の誰のものでもなく私だけのものだからだ。高校を卒業したら足の指や脇腹に刺青を入れてみたいとも思っている。その際には自分がいずれ歳を取ることも勘定に入れ、お婆さんになってもみっともなくならないデザインを考えなければいけない。サイドを刈り上げてベリーショートにした髪型も自分ではなかなか気に入っているし脂肪が少なく細い手脚や割れた腹筋は日々の地道なトレーニングの成果だ。

 身体を拭いて浴室を出るとそこには男がいる。男はわたしをベッドに横たえ身体を触り始める。男に抱かれる時わたしは決まってある寄生虫のことを頭に思い浮かべる。主にバッタやカマキリなどの昆虫を宿主とするこの寄生虫は宿主の脳に特殊な毒を送り込むことで「水の中に飛び込みたい」という欲望を宿主の意識に植え付けることが出来る。ひとたび毒に侵された宿主はそれまでにどのような半生を送りどのような思考や哲学を培ってきたかにかかわらず植え付けられた欲望に抗うことが出来ない。それが自分の意思なのか毒の影響なのかの区別も出来ないま水の中へと身を投げだしてしまう。そうして溺れ死んだ宿主の身体から寄生虫は抜け出し、同じように水中へやってきた異性の寄生虫と出会い繁殖をするのだ。

 幼い頃のわたしはひとりで遊ぶことを好む子どもだった。誰とも喋らず粘土の城や積み木の町や絵の中の世界を無数に作り上げていくことでおおい満たされた。ままごとや人形遊びもひとりで充分楽しむことが出来た。ままごとではひとりで二役や三役をこなしたし人形遊びではひとつひとつの人形に自分が思う人格や役割を与えていくだけで面白いと感じた。一方で他の子どもと一緒に遊ぶことは嫌いだった。ひとりで遊べばすべてが自分の思い通りだが他人と遊べば相手の意図を組み入れなければならず、それがわたしには苦痛だったからだ。そんな性格であったので友人と呼べる相手は誰もいなかったし必要でもなかった。

 変化が起こり始めたのは中学生の頃だ。「他者を求めよ」という強い欲望が私の奥から泉のように湧き出るようになった。その欲望は特に異性を前にした場面でわたしの心身を突き動かそうとした。この変化はわたしにとって非常に不愉快だった。それまでのわたしはひとりで充分に満たされてきたのだ。他者からの干渉を出来る限り減らすことが自分にとっては適した生き方だという価値観をそれまで十数年で築き上げてきたのだ。それを後から寄生虫のようにやってきた欲望によって暴力的に塗り替えられるなんて我慢がならなかった。

 だから十四歳の春にわたしは最初のピアス穴を右の耳たぶに開けた。トレーニング器具を揃え食事も制限して身体を鍛え始めた。自分の意思と行動によってこの身体を形作ることで寄生虫のように不愉快な欲望から自分の心身に関する主権を少しでも取り戻してやりたいと私は思ったからだ。しかしそれでも枯れることのない欲望に抗い切ることは出来ず十六歳の誕生日を迎えるより少し早く身体を男に許した。

「気持ち良かったか」行為を終えた後で男は尋ねたがわたしは答えなかった。欲望を満たしたことに対する快楽は呆れ返るほどあったが、今日もわたしは気持ち良くなることを気持ち悪いと感じた。
 

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