縛られテミスのⅣ

 ロボットになりたかった。
 五歳の頃、おれはロボットになりたかった。強い正義のロボット。日曜の朝のテレビ番組でやってた、悪と戦う無敵のヒーローロボット。ロボットになりたかった。おれはロボットが大好きでなのでロボットになりたかった。グッズも集めてたし、幼稚園のある日はいつもバスの時間ぎりぎりまで起きれないくせに放送のある日曜日だけは必ず早起きした。幼稚園の友だちの中には、レンジャーになりたいとかライダーになりたいとかウルトラになりたいとかいう友だちも居たんだが俺は断然、ロボットになりたかった。どんなピンチも華麗な必殺技でクールに切り抜けるロボット。強い正義のロボット。悪と戦う無敵のヒーローロボット。あんなふうになりたかった。大きくなったらあんなふうになりたいって、五歳の頃から、ずっと思っていた。

 大人になり、はじめて握った実際の銃とか剣というものは重たく、握ったというより抱えるほどの質感だったわけだがそれほどにずっしりと重たい。あの頃憧れたロボットやレンジャーやライダーたちはこれらをどのように扱っていたっけと思い出してみれば大体みんな片手で、平気な顔して涼しい顔してぶんぶん振り回してたわけだが、しかしおれときたら、どうだろう両手で抱えてしっかり押さえたって、銃の標準をろくに定めることも出来ない上、いざ引き金を引いてみたところで、どすんとくる反動に身体を吹き飛ばされ倒れてしまうのを、耐えるのが精いっぱいといった感じで。おれはロボットになりたかった。子どもの頃から大人になるまでずうっと。
 だがしかしおれが対峙したのは、イーッとかアーッとか甲高い声で叫ぶような怪人なんかではなくって、子どもだった。子どもは澄んだ瞳をしていて、銃を持ったおれの姿を、なんだこのひと変な格好してるな、とでも言いたげな目で真っ直ぐ見詰めていた。銃を持ったおれが対峙したのは悪の帝国を牛耳る暗黒魔人とかなんかでもなくって、年端もいかない、痩せた身体をした小さな子どもだった。ああ、そうだこの子どもは、ちょうどおれが、テレビにかじりついてロボットに憧れたあの頃ぐらいの歳の子どもだ。小さな身体の子どもは、レモンぐらいの大きさの手りゅう弾を両手で大事に包み込むようにして持ってた。そうだおれがこの子ぐらいの頃、そんなことを考えているあいだに、小さな身体の子どもは手りゅう弾のピンをカチリという微かな音を立てて外した。
 ロボットになりたかった。強い正義のロボット。悪と戦う無敵のヒーローロボット。大きくなったらあんなふうになりたいって、五歳の頃から、ずっと思っていた。

 ロボットになりたかった。
 五歳の頃、おれはロボットになりたかった。悪と戦うために正義の博士が作った、機械の身体のロボット。強い正義のロボット。バズーカや大剣を片手で振り回す右腕に百万馬力の左手。スーパーカーよりも速く走れる両足、空を飛ぶためのジェットパックを背負って、光る両目には敵の弱点を見破るスーパースコープが付いてる。そして極め付きはどんな攻撃を受けても決して壊れない、超合金製のボディだ。ロボットになりたかった。男の子が強いものに憧れるのとても自然なことで、おれは憧れてた。スーパーロボットにおれは憧れてて、ロボットになりたかった。あんなふうに強く格好良い大人になりたい。ずっと憧れてた。

「昨日、映画を見たのよ」
 と、恋人がおれに向かって言う。
「とある国の、とても貧しいスラム街で生まれ育った少年が一攫千金を狙って、ボクサーを目指すの。正確には生活のため、生きていくための一攫千金を狙ってボクサーを目指すの。どうしてボクサーかっていうと少年が生まれ育った町っていうのは、お金を稼ぐやり方にあまり選択肢がないのよ。学校にも行ってないから雇ってくれるひともいないし、お金を稼ぐ方法といったらゴミ山を漁るか、そうでなければボクサーになるぐらいしかなくって、一攫千金なんて狙いたいんだったらなおさらボクサーぐらいしかなくって、なので少年はボクサーを目指してジムに入り練習と試合を重ねてどんどん強くなっていくわけなんだけれど」
 恋人はおれに向かって言う。付き合い始めて、もう五年になる。少しずれているが声の綺麗な女だ。恋人はおれに向かって言う。ベッドに寝ているおれに向かって、言う。
「少年は強くなり試合にも勝ち続けチャンピオンまであと一歩というところまでいくのだけど、だけれどその試合で、身体が壊れちゃうのね。ボクシングというのは頭を殴り合うスポーツだから長く続けてたくさん殴られると、脳とか神経なんかが変になってしまって、身体が壊れてしまうの。腕も脚も動かすことが出来ずに、自分で呼吸もできない。人工呼吸器に繋がれたまま一生寝たきりで過ごさなければいけないほど、壊れてしまったのね。こんな身体で生きるぐらいならいっそ死んじゃいたいって、彼は思うようになるけど、だけど手足も動かない身体じゃ、自殺することさえできない。そういう映画を見たのよ。わたし昨日、そういう映画を見たのよ」
 恋人はおれに向かって言う。人工呼吸器や、点滴。幾つものコードで、機械に繋がれ、立つことも喋ることも、おれに向かって、言う。おれは彼女の話を制止することも出来ない。
「ところで、好きなひとができたの」
 恋人はおれに向かって言う。
「そのひとと一緒に、昨日、映画を見たのよ。さよなら」
 その瞬間から恋人ではなくなった彼女は、おれに向かって言い、立ち上がって、履いたハイヒールの音はカチリと音を立てて、そうして踵を返した。ハイヒールの立てたカチリという音はいつか聞いた手りゅう弾のピンを外す音に似ていた。さようならと言って去ってく。おれには病室から去っていく彼女を捕まえるための手もなければ、追いかける脚もないし、呼び止める声も持たない。かつては持っていたが全部なくなってしまった。あの手りゅう弾が爆発して、ぜんぶなくなってしまった。

 ロボットになりたかった。
 五歳の頃、おれはロボットになりたかった。機械の身体のロボット。誰にも負けない機械の身体のロボット。機械の身体を手に入れれば絶対強くなれると、あの頃、信じていた。だがどうだ人工呼吸器に点滴に無数のコード配線、機械に繋がれた今の俺の身体は、それらのスイッチを自分で切ることさえもできない。






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