モデルマシーン

 明るい更衣室にて。鏡に映る自分の姿を見詰めた。小さな頭。長い脚。八頭身の理想的な体型。整っているが特徴のない顔立ち。真っ白の肌。金髪のウィッグ。赤いコート。皮のブーツ。黒い手提げ鞄。マフラー。自分の格好に乱れた部分がないかどうかを念入りに確か念入りに確かめ、コップの水を一杯飲み干した。それから大きく伸びをして、溜め息を吐き、更衣室から出て、店のフロアを通過して、店先にあるショーウィンドウに向かった。聞こえるはずのないベルトコンベアの稼働音が、まるで耳鳴りみたいに、頭の中で響いた。

 わたしはマネキンだ。ショーウィンドウの中が主な働き場所だ。上司が選んだ服を着て、朝から晩まで立っているのが仕事内容だ。ショーウィンドーの中にはわたし以外に六人のマネキンが常に並んでいる。わたしたちはそれぞれ違う服を着ているけど、顔や身体は同じ形をしている。来る日も来る日も何千人もの人々が、わたしの佇むショーウィンドウの前を通り過ぎて行く。そのうち何人かは、わたしの前で立ち止まって、わたしのことをまじまじと見つめる。さらに一握りは店内に入って、わたしが身に着けているものと同じ衣服を買い、満足そうな表情をして店を後にする。

 土曜の夜には奇妙な女性がわたしを訪ねてくる。彼女は頭が小さくて、足が長くて痩せていて、八頭身の理想的な体型をしている。 まるでわたしたちと同じマネキンのような容姿の女性なのだが、いつも大きく胸元が開いた黒い服を着ており、鎖骨の下には赤い蠍のタトゥが彫られてる。マネキンがタトゥなんか彫れるはずはないので、彼女はきっとわたしたちとは違う、普通の人間だろう。彼女は毎週、わたしの前で立ち止まり、何も言わずに二分か三分、わたしを睨みつける。そして帰っていく。わたしが何を着ている時でも、他のマネキンではなく、わたしの前で立ち止まり、わたしのことを見る。そして帰っていく。店の中まで入って来たことはこれまで一度もない。
 
 わたしはマネキンなので工場で生まれた。頭も、腕も、胸も、腰も、脚も、別々の場所で別々に作られ、ベルトコンベアの上を流れながら組み合わされ、組み立てられ、ひとの形になった。それがわたしの身体だ。わたしが生まれた工場では一日に百体ほどのマネキンが生産されている。それらは全て、隅から隅までわたしと同じ姿形をしている。

 閉店してからわたしは家路に就いた。地味なコートに身を包み、眼鏡とマスクで顔を隠して歩いた。職場の外に居る時に、自分がマネキンであることを気付かれるのは良くない。人間の法律はマネキンのことを守ってくれないから、鬱憤の貯まった人間から理不尽な暴力を受けて壊されても、文句は言えないのだ。駅前のガード下を通ると、わたしはそこで裸のマネキンを見つけた。彼女は地面に横たわっており、その太腿には、まるで人間の手術跡みたいな、大きな裂け目があった。多分彼女は、この破損が原因で勤めていた店をクビになって、廃棄されたのだろう。音を立てずに目を瞑っており、生きているのか死んでいるのか、それすら分からなかった。壊れたマネキンは誰にも必要とされない。 

 近頃あまり身体の調子が良くない。右手を使って財布を開けた時。スプーンやフォークを使った時。ペットボトルを持った時。家のドアノブを回した時。そういう時に手首が鋭く痛む。だからわたしは毎晩、右手を取り外して、お風呂で温めたり、油を塗ってみたり、マッサージをして手入れをするのだけど、痛みは日に日に強くなっていく。わたしの身体はそのうち古くなる。じきに壊れて役に立たなくなる。このまま手首が駄目になったらショーウィンドウでポーズを取れなくなる。艶やかな白い肌もいつかはくすんで醜くなるだろう。そうなる前にどこかにぶつけて指とか腕が折れてしまうかしれない。きっとその時には、わたしと同じ工場で、わたしと同じ姿形に作られたマネキンがこの店を訪れ、わたしの代りを務める。まるで何事も起こらなかったみたいに。わたしの存在など、ここにはじめから無かったかのように。

 土曜の夜には奇妙な女性がわたしを訪ねてくる。マネキンみたいな容姿をした彼女は、今日も胸元が開いた黒い服を着ており、鎖骨の下に彫られた赤い蠍のタトゥが、とても目立っていた。どうしてあなたは蠍を彫ってるの? マネキンは基本的に客との会話を禁止されているけど、その決まりを破って、わたしは彼女に、ショーウインドウの硝子越しに尋ねた。彼女はわたしが声を掛けても、ほんの少しも驚いた様子を見せずに、口角を上げ、不敵に笑って、それから答えてくれた。
「私の中に蠍が住んでいるから」

 明るい更衣室にて。鏡に映る自分の姿を見詰めた。小さな頭。長い脚。八頭身の理想的な体型。整っているが特徴のない顔立ち。真っ白の肌。黒いショートボブのウィッグ。クリーム色のワンピース。髪の毛と同じ色のパンプス。聞こえるはずのないベルトコンベアの稼働音が、まるで耳鳴りみたいに、頭の中で響いた。わたしはひとつ溜め息を吐き、コップ一杯の水を飲み干し 更衣室から出た。店のフロアを通過して、店先にあるショーウィンドウの中に入らず、建物の外に飛び出し、人混みの真ん中を歩いて、駅前のガード下まで向かった。ガード下では裸のマネキンが、前に見た時とまったく同じ格好で横になっていた。わたしは彼女の右手を丁寧に取り外してから、自分の右手も同じように外して、彼女のものを、自分の手首に嵌めた。



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