3月24日:この世にあってほしい物を作るよ

今日の妻は東京スクエアガーデンでのイベントに出展。

はじめての会場ではあったものの、新作のキャンドルも売れていたり、Twitterのフォロワーさんも何人か買いに来てくれたりと、ありがたい限り。

また今回、周囲の出店者から学ぶことも多かったとのこと。来月も同じ会場に出店があるので、きっとそれまでにはもう一段階研ぎ澄ませていくんだろうな。がんばれ。がんばれ。

このところ妻に付き添っていろいろなイベントを尋ねるようになって、ひとの生き方と創作する行為とのあいだにはいろいろな関わり方があるのだなと改めて感じる。

子育てのあいだに作っているのだというひともいれば、普段の仕事の箸休めとして作ったいたものがどんどん立派に育ってきたと話すひともいる。仲間と楽しむ媒介としてモノづくりをやるひともいるし、もちろんそれ自体がきちんと仕事になってるひともいる。ぜんぶ良いなと思う。いろいろいるのが良い。

自分は15の頃から小説を書くようになり、今年で30になるので、書き始めてからの人生の方がそろそろ長くなる。なので自分にとって創作する行為は、生活の中にあって当然のモノだし、「今日どれだけ納得いくものが書けたか」という物差しは僕にとってずっと、お金とか出世よりも優先順位の高い事柄であり続けている。ライフワークというやつなのだと思う。

けれど創作に対して、こういうふうに仰々しい見方ばかりしていると、創る行為が本来持っている楽しさや自由さを見失いがちだし、楽しさや自由さを見失えばその分、自分が書ける幅を狭めることにもなる。

思えば妻とつきあい始めたばかりの頃の自分は、まさにそういった感じで視野狭窄に陥っていたと思う。作品を書きながら「書くのがしんどい、しんどい」とばかりいつも言っていたなと。
そんな僕を見かねて「好きなことをやってるんだから辛いっていうのやめなよ」が言ったことは、今でもすごくはっきり覚えているし、あれは言われて良かったなと思う。

もちろん好きでやってようが辛いときはあるんだけど、辛いからといって、書くことが好きだという気持ちを忘れないようにしなけりゃいけないなと。

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(タイトルは椎名林檎の”人生は夢だらけ”から。妻が好きなんだけど、良い曲ですね。)






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