娘が死にたいと言った日

 死にたいと、娘はわたしに言った。

 わたしの娘は良い子だ。美しくて賢く、笑顔が眩しくて、そして何より心が優しい子だ。わたしが仕事で疲れて帰宅した時なんかは「無理しないで」とか「今日はあたしに夕ご飯を作らせてほしいな」などと、中学生とは思えないような気遣いを向けてくれる子だ。生き物が好きで小学生の頃からずと飼育委員を務めており、飼育小屋で飼っているうさぎたちの様子を、毎晩欠かさず話してくれる子だ。学期ごとにもらってくる通信簿のコメント欄には「明るい」「元気が良い」「素直」「正義感が強い」といった言葉が、決まって羅列される。そういう子どもなのだ。わたしの自慢の、大切な娘だ。

 その娘が、死にたいと言った。金曜日の朝、登校前の玄関先で、制服姿で、わたしのことを真正面から見て、真剣な顔で「死にたい」なんて言った。言われた時、わたしはまず自分の耳を疑い、次に目を疑い、悪い夢でも見ているのだろうかと現実を訝しんだ。どんな反応を返せば良いのか分からず、数秒のあいだその場で硬直した。いっそこのまま、聞こえなかったふりをしてやり過ごしてしまいたいと思った。あるいは目を瞑って、両手で顔を覆って、見て見ぬふりをして「いってらっしゃい」と口にしてしまいたいと思った。 
  

 幼い頃のわたしは絵本や童話を読むことがあまり得意ではなかった。物語の中に出てくるどんな人物にも感情移入をしてしまったからだ。たとえば狼が三匹の子豚たちに釜茹でにされるシーンを目にすればあたかも自分が大火傷を負ったような錯覚を覚えて全身が一晩中疼いた。鬼たちが桃太郎に退治されるページでは今にわたしも絵本の中から飛び出してきた犬や猿や雉などに襲われてしまうのではないかと怯えた。

 そして厄介なことにわたしのこの性質は絵本や童話を読む時以外にも存分に発揮された。テレビのニュースで殺人事件が報道されればあたかも自分の親や親戚が殺されたかのように胸がずきずき痛んだ。家族で行った祭りの会場で迷子になった同年代の子どもを見かければ自分も親とはぐれたような気分になり一緒に泣いてしまった。教室で誰かが先生に叱られているところを目にすれば全く関係がないにも関わらず自分が叱られ責められているような辛い気持ちになった。

 とはいえ小学校に入学してから少し経つと、さすがにこのままでは普通に学校に通うことが困難になるとわたし自身も薄々気づき始めた。国語の教科書を音読するだけでもふとした描写に涙が止まらなくなるようでは、同級生と同じ空間で生活することなど難しいのだと子どもながらに悟った。そこでわたしが試みたのは、泣いているひとや、悲しんでいるひと、不幸な目に遭っているひとが現れた時でも、それを見て自分が酷い気持ちになってしまう前に、目を逸らして、耳を塞ぎ、見て見ぬふり、聞こえないふりを決め込むことだった。

 この対処法は期待通りの効果を現し今に至るまでずっと有効だった。ニュースで暗い出来事が報じられになったらリモコンに手を伸ばしてチャンネルをすぐに変えた。電車の中で具合の悪そうなおじいさんを見かけたら隣の車両にそそくさと移動し見てみぬ振りをした。ふらっと入った喫茶店で隣に座った二人組の客がわたしの好きな歌手とか俳優を貶し始めたってイヤホンを嵌めて大音量で音楽を流し始めれば何も聞かずに済んだ。そういうふうにせざるをえなかった。そうすることでわたしはこれまでなんとか普通の社会の中で、突然泣き出したり、体験していない痛みに苦しみ悶えたりすることなく、やってこられたのだ。

 だけど娘が、死にたいと言った。
 それは親にあるわたしにとって、あまりにもショッキングな言葉だった。だからわたしはつい咄嗟に、いつものように耳を塞ぎ、目を逸らして、聞こえないふり、見て見ぬふりをしてしまいたいと思った。
 だけどそうしなかった。なぜなら娘は、死にたいと言った時に、わたしのことを真正面からじっと、強い瞳で見詰めてきていたからだ。ここで目を逸らしたら、二度と娘はこの大きな両目を、自分の方には向けてくれないような気がしたからだ。とはいえ娘の発言に対して、どんな二の句を次げば良いのかはぜんぜんわからなかった。見て見ぬふりをしないで、聞こえないふりをしないで、何を言うことも出来ずにじっと、見詰め合っていると、娘が本当に死んでしまう様子が、それも様々な形で、脳裏に思い浮かんできた。そうなると私はもういよいよ、声を上げて泣き出さずにいることができなくなってしまった。

 ――お母さんが泣いたの、あの時はじめて見た。
 後に娘はあの朝のことを、そんなふうに振り返った。

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