夢を叶えたあとのこと

 マユキさんと初めて話したのは小学生の時だ。あの日の私は何をするでもなく夜の公園のベンチに座りひとりで過ごしていた。一方の彼女はしろがね色の花柄をあしらった黒い着物を着ており外灯の下で煙草を吹かしていた。「こんな時間に何をしてるんだ?」と喫煙を終えてから彼女は私に尋ねた。その声は低く少し掠れており独特の迫力があったが責めるような調子ではなかったので、私は家に帰りたくないからここに居るのだと正直に答えた。すると彼女はフッと笑顔を見せ「それじゃあうちに来てコーヒーでも飲んでいくか」と私に提案した。当時の彼女は六十歳を既に超えていたはずだがピンと伸びた背筋や唇に乗せた濃い紅色は私の目にも妙に艶かしく映った。
 
 
 金曜夜の新幹線で私は地元に向かった。妹の結婚式に出席するためだ。予め買っておいた切符の時間に間に合うよう定時に退社したが、暗くなる前に会社を出るなど滅多にないことなので夕方の日差しを気持ち悪く感じた。新幹線の社内で考えたのも数年ぶりに会う家族や親戚のことではなく仕事のことだった。

 私のことを入社時から知る上司との二者面談が数日前にあった。彼は私のこれまでの働きぶりに対して「与えられた仕事を高い精度で素早くこなす非常に優れた部下」と評価してくれた。私はそれを素直に嬉しく思った。だがその後「きみは今後の自分のキャリアをどう描いていきたい? これからどういう人生を歩んでいきたいと思っている?」という質問を彼から向けられると、私は言葉に詰まった。これまでずっと上司や顧客からの指示をいかに上手くこなすかだけ考えて仕事をしてきたので、自分のやりたいことについて考えたことなどあまりなかったからだ。以来そのことが頭の中に引っ掛かり続けている。

 土曜の朝から結婚式は行われた。今回挙式したのは私を含む三人姉妹の次女に当たる子で、相手は県内の国立大学を卒業し町役場に勤めている同い年の男だった。婿養子を取る形での結婚だったので「これでようやく跡取りの心配がなくなる」と私の両親はおおいに喜び涙を流していた。披露宴のさなか私は何人もの親戚から「あなたはまだ結婚しないの?」「来年もう三十でしょう?」「今お付き合いしているひとはいないの?」といった言葉を投げかけられたのだが、いずれも事前に嫌になるほど想定してきた通りのものだったので始終笑顔を崩さないまま乗り切ることができた。

 日曜の昼下がりに私はひとりで自転車に乗りマユキさんを訪ねた。帰りの新幹線までにはだいぶ時間がある。彼女の家は町の片隅にある広い洋館だ。十余年ぶりに訪れるこの建物の様子は、少し離れた場所から見る分には以前とほとんど変わりなく見えたが、傍で行くと庭には雑草が生い茂っており、以前のように手入れが行き届いてはいないことが分かった。不安な気持ちにかられてインターホンのボタンを押してみたが、音は鳴らず、何の反応もなかった。 
 
 
 私が何年も帰省しなかったのはこの土地や家族や親戚たちに対して良い思い出があまりないからだ。三人姉妹の長女だった私は物心ついた頃から大人たちと妹たちの間で板挟みになる役割を強いられ続けてきた。妹たちに何かがあれば長女の私がその責任を負う形で叱られなければならない。だがその役割に心を割くあまり私自身の言動や学業が疎かになっていればもちろんそれも叱咤の対象となった。損な役回りだし理不尽な扱いを受けていると感じることは少なくなかったが、それを理不尽だと訴えるだけの言語能力を当時の私は持っていなかった。実家は私にとって落ち着ける場所ではなかった。
 
 そんな私に良くしてくれたのがマユキさんだった。
 マユキさんは古い洋館にひとりで住んでいた。結婚していた時期もあったのだというが、私が生まれるよりも昔に離婚をしたそうで子どもも居なかった。常に着物を身に着け、立ち姿や歩き方が綺麗なひとだった。銀色の髪は短く切り揃え、その年代のひとにしては珍しく右耳には大きなピアスが幾つも光っていた。近所付き合いには積極的ではなく、町の行事などにも滅多に顔を出さなかった。なので近所の大人たちは「変わり者の婆さん」として彼女を敬遠した。そんな大人たちの態度を見て子どもたちの多くも彼女のことを怖れた。

 そんな中で私だけが頻繁にマユキさんを訪ねた。両親からの理不尽な叱咤に落ち込んだ時や、妹たちの鬱陶しさに我慢できない時、私は決まって彼女に会いに行った。自分の家には居たくない。早く大人になりたい。早く自立して親に頼らず生きれるようになりたい。私のそんな愚痴を聞いてくれたのも、「大丈夫。大人になればきっと楽しい」と優しい言葉を掛けてくれたのも彼女ひとりだった。彼女はいつでも私を歓迎してくれたし、家の中には海外のレコードや映画のビデオテープや分厚い美術書がたくさん並んでいたので、どんなに長く居ても退屈することはなかった。中学生になっても、高校生になっても、彼女の家は私にとって数少ない拠り所だった。
 
 高校を卒業すると私はすぐに就職して親元を離れた。マユキさんは携帯電話も持っていないひとだし、家の電話にも出ず、手紙を出しても返事を書くような性格ではなかったので、地元を出て以来疎遠になってしまった。

 就職してから最初の三年ぐらいは、知人も友人も誰も居ない土地で、ただただ必死に働くばかりだった。だがやがて仕事に慣れ、貯金の額も増え、休日には自分で稼いだお金を使い美術館や旅行などにも行く余裕を持てるようになると、自分の夢はこれで叶ったんだという実感を抱けるようになった。気付けばすっかり満足していたのだ。だから数日前に上司と面談で「これからどういう人生を歩んでいきたいと思っている?」と尋ねられた時、私は言葉に詰まった。この時ふと、マユキさんともういちど話したいと思った。
 
 
 近所のひとの話によるとマユキさんは数ヶ月前から街の病院に入院しているそうだ。私はすぐに病院に向かった。面会の手続きを済ませて病室にたどり着くと彼女はベッドの上で身体を起こして本のページを捲っていた。耳にはピアスをしていないし、薄青色の入院着に包まれた身体は幾らか小さくなった気がするけど、背筋は相変わらずピンと伸びていて、全体的な印象としては最後に会った時とそれほど大きく変わってはいない気がした。彼女は私の姿を見るやいなや、驚いた様子もなく、いつかのようにフッと笑顔になり、低く掠れたしっかりとした声で「どうだ。大人は楽しいだろう」と言った。それを聞いた途端、私は思わず両手で顔を覆い、ああそう、私はこんなお婆さんになりたいのだと思った。

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