由香里の薔薇が死んでいる


 
 その場所はよく晴れて温かく周囲には桃色や黄色や紫色の見たことのない花がたくさん咲いていた。少し歩いたところには小屋があって扉には営業中の札が掛かっていた。小屋の中はカフェのような内装になっておりカウンター越しに向き合うふたりの人物はいずれも私と同じ顔をしていた。そしてふたりのうちの一方が赤い縁の眼鏡を掛けていたので私は「神様」と思わず口走った。私と同じ顔をした人物はたくさん知っているがその中で赤い眼鏡を掛けているのは神様だけだからだ。私の姿に気づくと神様は「あ、お久しぶり」と言い白い歯を見せた。私が神様に会うのはこれが二回目だ。
 
 
 神様と一度目に会ったのは彼女が私を作りだした時だ。私だけではなくセカイで生きている人物はみんな神様が作りだしたものだ。神様は左手で持ったペンを右の手首にぐさりと突き刺して、そのペン先についた血の雫を使い私たちをセカイに誕生させたのだった。同じ神様の血から作り出されたので私たちはみんな同じ顔をしている。私たちひとりひとりを誕生させた時、神様はセカイの仕組みについて詳しく教えてくれた。神様が作ったセカイの仕組みは非常に単純だ。「良いことをした者には嬉しいことが起こる」「悪いことをした者には悲しいことが起こる」たったこれだけだ。なぜなら神様が日々セカイを管理し、そういうふうになるよう運営しているからだ。

 私が誕生して最初にやったことは薔薇を育てることだ。私だけでなく同じように作られた者たちもみんなそうしていた。薔薇を育てるのはセカイのルールの中で生きていく上で非常に重要だった。なぜなら良いことをすれば薔薇は成長するし、悪いことをすれば元気がなくなるので、自分がどれだけ善人であるのか、あるいはどれだけ悪人であるのか、自分の薔薇の様子を見れば一目瞭然だからだ。また、自分がどれだけ良い人物かを他社に対して表明する際にも薔薇は役に立った。来る日も来る日も人助けや親切な行いをして薔薇を育て種を収穫してまた新しい薔薇を育てるという営みを私たちはせっせと続けていた。

 とはいえ私たちはいつもいつでも良いことばかりをして薔薇を育てることだけに心を砕けるほど完璧ではなかった。不平不満や他者の悪口を言いたい時もあれば怠けたい日もあった。神様はそんな私たちのためを想いセカイの中心に一件のカフェを作ってくれていた。カフェの店主に薔薇の種を三粒渡せばコーヒーを淹れてもらい店内で飲むことができる。そしてコーヒーを飲んでから十分ほどのあいだだけは「悪いことをした者には悲しいことが起こる」のルールが適応されずに済むというわけだ。

 けれどこのカフェはある日突然なくなってしまった。カフェの店主が姿を消したのだ。どうして店主は姿を消したんだろう? と私たちは一様に首を傾げたが疑問はすぐに解けた。店主の家の庭に植えられていたはずの薔薇がひとつ残らず枯れていたからだ。薔薇が枯れているのは店主がそれだけ悪いことをやっていたという証拠だ。つまり店主は私たちの気付かないところですごく悪いことを、庭の薔薇が全部枯れてしまうぐらい悪いことをしていたので、「悪いことをした者には悲しいことが起こる」のルールが適応され、セカイから追い出されてしまったのであろう。「私たちは誰も店主の悪行に気付けなかったけれど、それでも神様はちゃんと見ているのだ。神様はそうやってこのセカイを正しく運営しているのだ。だから残った私たちは、常に良いひとで在り続けようじゃないか!」誰かがそんな声を上げると、セカイ中から大きな拍手が起こった。

 カフェの事件をみんなが忘れた頃。私のもとにも異変が起こり始めた。それまですくすくと育っていた薔薇たちが急に成長をやめてしまったのだ。それどころか種を植えても新しい芽が出なくなってしまった。いったいなぜだろう? 「良いことをした者には嬉しいことが起こる」「悪いことをした者には悲しいことが起こる」という、このセカイを支配するルールに基づいて私は考えた。つまり私はきっと何かしらの悪事をしたのだろう。しかし私は自分がどんな悪事を犯したのかがさっぱりわからなかった。悲しいことが起きている以上私は何かの悪事を犯したはずなのだがそれが何なのか検討もつかなかった。一体何がいけなかったのだろう? 周囲の者たちに尋ねたり自分のこれまでの行いをひとつひとつ振り返ってみたが思い当たらなかった。そうするうちにも薔薇は弱り続けた。私の家の周りだけ大雨が降ったり地震が起きるなどの不幸な出来事が立て続けに起こった。一刻も早く明らかにして悔い改めなければいけない。そうでなければ私もカフェの店主と同じようにこのセカイから追い出されてしまう。
 
 
 ある朝。目を覚ますと私は知らない場所に居た。その場所はよく晴れて温かく周囲には桃色や黄色や紫色の見たことのない花がたくさん咲いていた。少し歩いたところには小屋があって扉には営業中の札が掛かっていた。小屋の中はカフェのような内装がありカウンター越しに向き合うふたりの人物はいずれも私と同じ顔をしていた。そのうちひとりはセカイから姿を消したはずの店主でもうひとりは神様だった。私の姿に気づくと神様は「あ、お久しぶり」と言い白い歯を見せた。「君たちはいつもいつでも良いことばかりをして薔薇を育てることだけに心を砕けるほど完璧にはできていない」神様は赤い眼鏡を指でクイを上げながらそんな話を始めた。「なぜなら君たちは私の血からできているんだから」私が神様に会うのはこれが二回目だ。

 神様の話はこうだ。神様が作り出し私たちが暮らしていたセカイには「良いことをした者には嬉しいことが起こる」「悪いことをした者には悲しいことが起こる」というふたつのルールがあった。これらのルールが適応されていたのは、創造主である神様がセカイを常に管理し、運営していたからだ。けれど私たちは良いことだけをして生きていけるほど完璧な生きものではなく、それは私たちに血を与えた神様自身も例外ではなかった。そしてあのセカイでいちばん最初に悪事を働いてしまったのが、他ならぬ神様自身だったそうだ。悪事を働いた神様が「悪いことをした者には悲しいことが起こる」のルールに基づき追い出されたことで、セカイを管理運営する者は誰もいなくなり、ルールもすっかりそのチカラをなくしてしまっていたのだという。ようするにカフェの店主や私に起こった不幸は単なる偶然で、セカイを追い出されるほど悪いことなんかやっていなかったのだ。

「だけれど良いニュースもある」と話しだしたのはカウンター越しに経っていたカフェの店主だった。「私たちが今いるこの場所。――つまりセカイの外は、思いのほか過ごしやすくて、悪くないところだ。神様が定めたルールなんかはないから、良いことしても報われない時とか、どうしようもない理不尽が起こる時もあるけど、代わりに思いもよらない幸運が舞い込むことだってあるんだ。これはセカイの中にずっといたのでは分からなかったことだ。私はこの場所で新しく店をやろうと思うんだよ」

 店主は淹れたての熱いコーヒーを私に出してくれた。私はそれを飲み、神様に対してひと通りの文句や不満を言おうと試みたが、不思議とあまり言葉は出てこなかった。コーヒーを飲み終えると私は表に出て、甘い匂いのする風に吹かれながら見知らぬ土地を歩いた。
 

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