愚者のホスピス

「死んでるな」

「ええ死んでいるわ」

「死んでしまいましたね」

「そうだな死んじまったなぁ」

「幸せそうな顔だな」

「ええ幸せそうな顔だわ」

「幸せそうな顔で死んでいますね」

「そうだなコイツは、幸せそうに死んでいやがるなあ」

「ああようやく死んでくれたよ」

「えっ」

「あなた今何て言いましたか」

「そうだな俺も良く聞こえなかったよ。もういちど言ってみてくれないかい」

「ああようやく死んでくれたよと言ったんだよ。こいつが死ぬのを私は待っていたんだ」

「あら酷いことを言うのね」

「あなたはお父さんの親友だったんじゃないんですか」

「そうだな俺もそう聞いているぜ。青春時代を共に過ごした竹馬の友だと聞いぜ。あんたはコイツの親友だったんじゃないのか?」

「嫌だなあ笑っちゃうね。確かに私は学生時代から彼を知っているけど親友だなんて思ったことはたったのいちどもないし彼が勝手にそう言っていただけだよ」

「あらそうなの」

「知りませんでした」

「そうだなそれは俺も知らなかったよ。どういうことなんだい」

「それどころか私ずっとは彼のことが大っ嫌いだったよ。私だけではなく学友たちも同じさ。皆表面では仲の良いフリをしていたけど、彼の居ないところではいつも決まって彼の悪口を言い合うばかりだったさ。あの無能、とか、張りぼて、とか、金持ちのボンボンが調子に乗りやがって、とかね」

「あらそうなの」

「知りませんでした」

「そうだなあんたちょっと待たないかい。確かにあんたはコイツの親友のフリをしていただけで腹の底ではコイツを嫌っていたかもしれんが、だからといって今はコイツの奥さんと子どもの前だぜ。今ここでそういうことを言うのは酷ってもんじゃないかい?」

「あらあら別にわたしは構わないわよ」

「えっ」

「そうだな俺も良く聞こえなかったよ。もういちど言ってみてくれないかい」

「あらまあ私もはっきり聞こえなかったね。どういうことかな?奥さん」

「わたしは別に構いませんわと言ったの。だってわたしはこのひとのことを好きだと思ったことなんて一度もないんだもの。このひとは死ぬまで勘違いしてたみたいだけど。わたしはただこのひとの財産だけが欲しくて結婚したのよ」

「お母さん、何て言いましたか」

「そうだなあんた、嘘だと言ってくれよ」

「ほほう奥さん。けど財産ばかりを目当てに、好きでもない男と一緒に居れるもんかね?」

「ええそうね。結婚してから今まで自分でもよく我慢できたと思うけど、子どもの頃から貧乏暮らしだったわたしにとって彼の財産はそれほど魅力的だったの。本音をいうと指の一本触られるのも吐くほど嫌だったけれど、それでも耐えて愛し合うフリをしたのよ。わたしのことを不誠実だと思う?いいえ違うわ。わたしは彼の財産に対してこんなに誠実だったの。これでようやく私のものになるのよ」

「お母さん」

「そうだなあんた、あまりに酷すぎるぜ」

「ところで彼の忘れ形見が目の前に居ますが、良いんですかそんなこと言っても。私としてはいい気味なんだけどな」

「忘れ形見?ああ僕のことですか。僕のことなら別に構いませんよ」

「そうだな冗談だろう?」

「自分の父親がこんなにボロクソ言われているのに構わないのかい?」

「でしょうねえ。だってその子はあのひとの子どもじゃないもの」

「ええとですね。お母さんはお父さんのことを全然好きじゃなかったからお父さんにばれないように他の男のひととずっと浮気してたんです。それで僕のはそのひととお母さんとの間に生まれた子どもだからお父さんとのあいだに血のつながりとか全然ないんですよ。僕は小さい頃からきちんと知らされていたんで家族の仲で気付いてないのはお父さんひとりだけだったんですけど、だからお父さんが僕のことを本当の子どもみたく可愛がるのはすごく滑稽でしたね」

「そうだな俺は今すごく酷いことを聞いている気がするんだ」

「これはこれは。なんて愉快なんだ」

「仕方がなかったことだわ。わたしは確かに彼の財産の為に彼と結婚したけど子どもぐらいは好きな男と作ったって別に良いじゃない。そう思わない?わたしはそう思うわ」

「そうだなまったくあんたたちは実に酷い奴らだ。この際だから俺も今まで隠していたことを言ってしまおうと思うぜ」

「良いねえ良いねえ言ってしまうと良い」

「あなたは彼の仕事仲間よねえ。あなたも何か楽しい話があるの?」

「聞かせてください。せっかくお父さんが死んでしまったわけだし」

「そうだな実を言うとな、コイツは俺が殺してやったんだよ。俺はずっとコイツの仕事仲間のフリをしてきたけど実を言うとコイツを殺すために雇われた殺し屋だったんだ。雇い主のことは詳しく知らないがコイツが死ぬと都合の良い誰かなんだろうな。良い薬があると嘘をついて毎日少しづつ毒を飲ませたんだ。何も知らずにコイツは俺のことをすごく買ってくれて、自分の命が長くないことに気付くと俺に新しい仕事先を紹介してくれたりとかしたよ。俺の本業は殺し屋だからそういうのは必要なかったけどな。そうだな簡単な割に時間のかかる仕事だったが、やっと死んでくれたぜ。これでようやくウチに帰れるってもんだよ」

「ほほう、そうなの」

「大変だったわねえ」

「お疲れさまでした」

「死んでるな」

「ええ死んでいるわ」

「死んでしまいましたね」

「そうだな死んじまったなぁ」

「結局のところ彼の人生は偽物ばかりだったな」

「ええ。家族も友だちも仕事仲間もみんな偽物だったんだもの」

「本物だって死ぬまで信じてましたね。ぜんぶ偽物なのに」

「そうだなコイツは。愚かで哀れな男だ」

「幸せそうな顔だな」

「ええ幸せそうな顔だわ」

「幸せそうな顔で死んでいますね」

「そうだなコイツは、幸せそうに死んでいやがるなあ」








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