特別編16.誰も簡単には生まれてきていない

秋。妻はいわゆる安定期と呼ばれる時期に入り一時の体調不良もずいぶん落ち着いてきた。もちろん妊娠前と比べれば疲れはあるのだけど食欲も戻ってきたしちょっとした外出をする余裕も出てきた。
 
安産祈願のお参りもしてきた。いわゆる戌の日参りだ。犬は安産な生きものであるから十二支の戌に当たる日にお産の無事を祈ると良いらしい。こういう習慣があるということを恥ずかしながら妻が妊娠するまでぜんぜん知らなかった。これに限らず「妊娠が分かってから初めて知ったこと」はびっくりするほど多い。

祈祷の場には妻ひとりしか入れなかったのでそのあいだ僕は待合室にいた。待合室には新生児の救命講座をやっている人がきていたので声を掛けられるままAEDの使い方や心臓マッサージの手ほどきを受けた。用意された人形の胸を押しながら「えっこんなに小さな赤ちゃんの身体をこんなに強く押してしまって良いの……」とびっくりする。身が引き締まる思いがした。受講を終えるとほどなくして妻が戻ってきた。
 
僕らが訪ねたのは安産祈願で有名な神社だったのでとても多くの妊婦さんとその家族がきていた。既にお腹がかなり大きくなっているひともいたしこれからお兄ちゃんお姉ちゃんになる小さな子供を連れた家族もいた。
 
妊娠が分かってから安定期にはいるまでのあいた妻は本当キツイ思いをしてきたし出産までにはきっとまだまだ苦労があるはずで、だけれどそれは妻だけでなくそれぞれの妊婦さんにそれぞれの苦労がある。誰かと誰かを比べるでもなくみんなが大変だ。簡単に生まれてきた人間なんかひとりもいないんだなと、境内につめかけた妊婦さんたちを見ながら思った。

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