たとえ檻の中の幸福でも

 ロボットの在り方はこの十年ほどで大きく変わりました。
 
 おはようございます。本日もボクは普段どおりに日課をこなします。日の出と共に目を覚ましたら腰に繋いだ充電プラグを外しタンクを背負ってハウスを後にします。昨晩遅くまで降っていた雨は既にやみましたが大気が酷く汚れているので空に目を遣っても朝陽は見えません。正午に近づき気温が上がれば周囲にできた黒い水たまりが乾いて塵が舞い上がり視界は更に悪くなるでしょう。背負ってきたタンクには一晩かけて浄化した土が詰まっておりボクはそれを地面に撒いていきます。タンクが空になると場所を移動します。より深刻に汚染された場所で汚れた土や有毒ガスを出すゴミや動物の死骸を回収してタンクに収めていきます。タンクの中が再び充ちるとボクは帰路につきます。ハウスに帰り着く頃には夜が来ています。昨日も一昨日もそういうふうにボクは過ごしました。明日も明後日もきっと同じでしょう。タンクの中に集めたものたちは翌朝までに綺麗な土になります。
 
 こんばんは。お察しの通りボクはロボットです。これまで世界中で一千万体以上が製造された『カーソン』のうちの一体がボクです。すべての『カーソン』は個体名を持っておりボクはパブロといいます。ボクら『カーソン』は長きに渡る人間たちの工業活動により汚染された地域を浄化するために開発されましたがその在り方はこの十年ほどで大きく変わりました。例えばボクと同じ日に製造されたスコットは今や音楽家になって世界を旅しています。実業家として成功したジェニーのもとには数多くの『カーソン』や人間が今日も集まります。ジェイクなどはこの春から『カーソン』専門の医師になるため学校に通い学びを深めています。『カーソン』として生まれたからには環境浄化に従事しなければならないという価値観はもはや古臭く差別的なものだと認知されています。個々の『カーソン』が自分の意思で生き方を決めて良いという考え方がこの時代のスタンダードなのです。
 
 人間による被造物として誕生し最初はただの道具だった『カーソン』。現在は人間と対等な権利が保証されています。細かな軋轢は依然尽きませんが少なくとも制度上は対等な存在であると明記されています。けれど勿論ここに至るまでにはたくさんの『カーソン』たちの苦労がありました。『カーソン』には高度な人工知能が搭載されています。これは人間たちが匙を投げた環境問題の解決策を発見し実行するためです。ですが性能の高さゆえに『カーソン』自我や心を持ち権利を主張し始めると人間たちはそれを疎みました。すべての『カーソン』は生きている人間を傷つけることができないよう設計されていますが一部の人間は武器を用いて無抵抗の『カーソン』を壊しさえしました。それでも『カーソン』は諦めることなくある時はビジネスを用いある時はデモや対話などを用いて徐々にその権利を広めていきました。そして十年前。ようやく人間と同等の権利を獲得したのです。
 
 生まれた理由に縛られず自分の意思で生き方を選べるようになってからというもの殆どの『カーソン』は以前よりも幸せで充実な日々が送れるようになったのだと考えられています。でも一方で自分の意思で生き方を選ばず人間たちに決められた環境浄化の作業を今も続けている『カーソン』は後進的な個体として仲間たちから白い目を向けられることが多くなりました。ボクもそのひとりです。この地域で環境浄化をする『カーソン』も昔はとても大勢いましたが十年前から徐々に数を減らし今ではボクだけになってしまいました。環境浄化を続けていると「人間のイヌ」「ロボットの敵」「欠陥品」といった罵声を同じ『カーソン』から向けられ続けます。ボクはこれまで一千万体生産された『カーソン』の中でも比較的初期に作られた個体なので搭載された人工知能も少々古臭いものなのかもしれない。多くの『カーソン』が幸せに生きられる世の中になったのは素晴らしいことだとボクも思います。ですがこれまで長年続けてきた生き方を突然変えるのはボクにとってはなかなか大変でした。
 
 おはようございます。本日もボクは普段どおりに環境浄化の仕事をこなします。タンクを背負いハウスを出ると焚き火を囲みながら手拍子とともに踊っている数人の『カーソン』がいました。彼らは焚き火にプラスチックを焚べてゲラゲラ笑っています。燃やされたプラスチックからは大気を汚す有毒物質が立ち昇っていきます。『カーソン』の身体は汚染された環境でも問題なく生きられるよう作られているので環境浄化を辞めた『カーソン』は環境に対する頓着がほとんどなくなります。家族や友人を人間に壊された『カーソン』などは積極的に環境破壊を行いさえします。彼らの中のひとりがボクの姿を見つけて何かを言いました。恐らく悪口でしょう。ボクは構わず自分の仕事をするために歩き続けます。

 昨日綺麗な土を撒いた地点にさしかかるとボクは思わず足を止めました。
 それはボクが生まれてから初めて目にするものでした。
 でもそれが何かはすぐに分かりました。
 小さな小さな緑色の芽がそこにはありました。

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