特別編32.愛の大きさに見合うだけの知恵と想像力を

弟夫婦が生後八ヶ月の甥を連れて家にやって来た。甥が使っていたベビーベッドやメリーを貸してくれた。
 
前回会った時は機嫌良さげにしていた甥だけれどこの頃になると人見知りが始まり「知らない男のひとはちょっと苦手」とのことで僕が顔を覗き込むとずいぶん嫌そうにしていた。一方で女性ならば平気らしく妻が声をかけるとニコニコ笑っていた。反応の落差がとても面白くてその場を明るくする。
 
新型コロナウィルスが連日ニュースの見出しを飾る。この時期はクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの様子がテレビを付けるたびに報じられ国内で幾つかのイベントが中止になりはじめた頃。秋の台風の時期にも感じたことだけれど妻が妊娠が分かる以前と以後でこうした災害や疫病に対して自分が感じる怖さの大きさが段違いになっていることに気づく。
 
中国で流行ってから日本にやってきたのだというウィルスを怖れる気持ちが強まるあまり電車の中で聞こえた中国語に対し脊髄反射で警戒心が向いてしまうこともあった。次の瞬間自分でびっくりした。
 
日頃「他者を見る時は属性や所属する集団ではなく個人単位で見なければいけない」と口に出しているにもかかわらず「特定の言語を話すひと=ウィルスを持っている可能性大」という心の動きを一瞬とはいえしたのだ。もちろんこれは僕にとって好ましい心の動きではない。非常にまずい。
  
「怖い」「身を守らなければいけない」「家族を傷つけられたくない」という気持ち。基本的にはとても尊いものだ。だけど正しく扱わなければ望ましくない思想の方よりに繋がりかねないということをこの時実感した。大切なものが増えるにあたって常に自覚を持っていないといけない。

愛だけでは間違うのだ。愛の大きさに見合うだけの想像力と知恵を持たないといけない。
 
赤ちゃんの動きはどんどん大振りになる。妻が仰向けになりお腹の上にクッションを置いていたら、内側で赤ちゃんがもぞもぞと動いてクッションを揺らした。

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