死ぬことのない恋

 仕事のあとでカツミくんと待ち合わせてふたりでデパートに出かけた。半年ほど前に入籍したわたしたちの大学時代の同期が今週末に結婚式を挙げる。式にはわたしとカツミくんも招待されているから出席するために必要な洋服や靴やバッグをまとめて買い揃えた。買い物を済ますとわたしの家に立ち寄り缶のビールを一本ずつ飲んでからセックスした。慣れ親しんだカツミくんの身体はこの頃すこし痩せたような気がする。職場でずいぶん苦労しているそうだ。セックスを終え裸のままでベッドに横たわっているとカーテンレールに吊るした鳥籠からカランッと音が鳴る。鳥籠の中からは骨だけになった鳥が首を傾げながら目玉のない眼窩をこちらに向けている。「あの鳥いつまで飼ってるつもりなの」とカツミくんはわたしの胸に顔をうずめながら尋ねる。ずっとだよ。とわたしは答えて彼の頭を撫でる。だってまだ生きているんだもの。
 
 死なない鳥を飼い始めたのはカツミくんがまだわたしの恋人だった頃だ。ふたりで行った夏祭りの屋台で一羽だけ寂しそうに売られていたところを酔った勢いで購入した。屋台に立っていた白髪のおばあさんは「生き物飼う上で当たり前の注意点」として「かならず最期まで面倒を見ること」をわたしに約束させた。当初その鳥は何の変哲もない小柄なハトのような姿かたちをしていた。だが飼い始めてから数週間後には抜けていく羽が目立つようになった。さらに数ヶ月が経つと身体中の肉が次第に溶け始めた。一年が経つ頃にはすっかり骨だけになってしまっていた。だがそんな状態になっても鳥は死ななかった。もう餌は食べない。何も見えていないし何も聞こえていない。それでも時々小さく首を動かしたり、微かに羽ばたくような動きを見せることがある。まだ生きているから、わたしは飼育をやめることができない。
 
 わたしとカツミくんは大学生のとき恋人同士だった。恋人同士だった期間のわたしたちはほとんどの時間をお互いの声が聞こえる距離で過ごした。夜はどちらかの家にふたりで寝泊まりし朝は同じバスで大学まで通った。帰省などでたった数日会えないだけでも眠れなくなるほどの寂しさを感じた。家族以上に近い存在だと感じていたし常に傍にいることが当たり前だった。だから大学を卒業するすこし前にカツミくんが「別れよう」と言い出した時には理解に苦しんだ。わたしたちは一緒に過ごすことがいちばん自然なのに離れようなんて考える意味が分からなかった。とはいえいちど恋人同士ではなくなったぐらいでわたしたちの関係が途絶えたわけではない。お互いの家に寝泊まりすることこそなくなったが週に一度は会う。気になる映画や美術展があればまずお互いを誘う。周囲に隠してはいるが肉体関係もずっと持ち続けている。そんな状態のまま気づけば別れてから三年以上が経った。

 同期の結婚式には大学時代に見知った顔が多く集まった。わたしとカツミくんが別れたことを知らない知人や友人たちからは「まだ付き合ってるの」とか「いつ結婚するの」と何度も尋ねられた。そのつど薄笑いを浮かべながら首を横に振ることがわたしには苦痛だった。きっとカツミくんも同じ気持ちだったはずだ。聞くところによれば新婦である同期が新郎に出会ったのはほんの一年ほど前だということだ。わたしとカツミくんはそのふたりよりも長い期間を一緒に過ごしてきた。それなにのどうしてこんなに屈辱的な思いをしなければいけないのかと内心憤った。だからべろべろに酔っ払って自宅に帰り着く頃には、出されたお酒や料理の味も、新郎の名前も、お色直し後に同期が着ていたカラードレスの色もすべて忘れていた。その晩もわたしはひとりで眠りについた。カーテンレールに吊るした鳥籠からはカランカランと乾いた音が断続的に聞こえた。

 死なないはずの鳥が死んだ。気持ちよく晴れた朝のことだった。羽が抜けて肉が落ちて骨だけになっても鳥の形を保っていたそれは鳥籠の底で粉々に砕けていた。わたしはしばらくそれを見つめていたが二度と動くことがなかったので死んだのだと分かった。カツミくんがまだ恋人だった頃から飼っていた鳥だが死んでしまっても悲しさや寂しさは沸いてこなかった。本当はもうずいぶん前から死んでいたのかもしれないと思った。本当はもうとっくの昔にだめになっていたのかもしれないと思った。この日は十三時からカツミくんが来る予定になっていた。カツミくんは死なない鳥のことを疎んじていたから死んだと知ったら喜ぶだろうとわたしは考えた。床に掃除機をかけたり昼食の支度をしたり鳥の骨をゴミ箱に捨てたりしながらわたしはカツミくんを待った。だが約束の時間を過ぎてもカツミくんがやって来ることはなかった。一時間待っても二時間待ってもやって来なかった。

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