音楽室の壁は防音で分厚い

 音楽室。防音の壁と重たい扉に囲まれた昼休みの音楽室で線はピアノを弾く。線は黒鍵のように艶のある髪の毛と発見のような白い肌をしているからピアノを弾いている姿がとても様になる。私は音楽の良し悪しがあまり分からない。けれど線のピアノは、少なくとも聴いていて飽きたり不快になることはないし、本人も進路として音楽大学を希望しているぐらいだからたぶん相応に上手くはあるのだろう。
「今朝しらない男のひとに声を掛けられたの」
 ピアノを弾くのを止め鍵盤の上に赤い布を掛けながら、線はあたしに言う。線は笑っている。だけど泣いているような顔をしている。
「今朝しらない男のひとに声を掛けられたの。髭を生やしたひとだった。とても怖かったよ」
 両手を使って閉めると立ち上がりあたしの方を見つめる。線は背が高い。彼女の身長は一七〇ほどある。
「うん。男というのはとても怖いものだ」
 あたしは線に言った。
「男というのはとても怖いものだ。だから彼らに近づいてはいけない。あなたは彼らに近づいてはいけない」

 線と出会ったのは小学生の頃で夏の終わりだった。彼女は転校してきた。当時から背が高く必要以上に目立ってしまっていた。線は内気で喋るのがあまり得意ではなかった。クラスメートは休み時間のたびに線を罵った。線はいつも悲しそうな顔をしていた。線を悪く言うのは主に男子だった。彼らは線の身長の高さをからかって笑った。女子たちもまた見て見ぬ振りをしていた。誰かが助け船を出したりすることはなかった。
 そんなある日あたしは線に声を掛けた。一緒に帰ろうと誘った。それがきっかけで彼女と仲良くなった。線を馬鹿にする男子たちをひとりづつ蹴飛ばして泣かせた。線はあたしの横にいつでも居るようになった。小学校を卒業するとあたしたちは中高一貫の女子校に進学した。線はあたしより勉強が得意だった。なのであたしは彼女に追いつけるよう小学校六年生の一年間を塾に通いつめて必死で勉強した。

 音楽室。防音の壁と重たい扉に囲まれた昼休みの音楽室であたしは線にキスする。服のボタンを外す。線の身体は華奢だ。胸は小さい。なだらかな猫背をしている。小さい頃から身長の高さを気にして生活していたせいだ。浮き上がる背骨の形をあたしは指先でひとつづつ撫でる。それから抱きしめる。耳や首筋や乳首を舌先でなぞりながらスカートの内側に指を這わせてる。あたしの指は線の中へとゆっくり侵入していく。
「もっと」
 線はあたしに言う。あたしは答えない。中へと侵入していく。だけどまだ、いちばん奥へはいかない。
「もっと、もっと。」
 線はあたしに言う。線は懇願する。熱くてぬるりとしている。
「欲しいか」
 あたしは線に尋ねる。線は大きく頭を縦に振る。
「だったら名前を呼べ。あたしの名前を呼べ」
 あたしは線に言う。線の吐息があたしの耳に掛かる。線が耳元であたしの名前を呼ぶ。背筋がぞくりとする。あたしの指は奥の奥まで行く。

 小学校を卒業して女子校に入学した。それからの五年経った。あたしと線は身内以外の男と一切関わることのない生活を送っている。線は男というものを極端に恐れている。線は男について、自分の身長をからかって馬鹿にするために存在している怖ろしい生き物だと今でも思っている。
「線」
 ピアノの下であたしたちは抱き合う。あたしは線の名前を呼ぶ。男というものをわたしも怖れている。線とは違う理由で。たぶん線以上に男を怖れている。いつか線の前に優しい男が現れることを私は恐れている。線の中にある恐怖心を拭い去ってしまうことを。線が異性に惹かれてしまうことを。あたしは恐れている。他の誰かに線を取られるのを、あたしは何より一番恐れている。
「あたしの名前を呼べ。もっとあたしを呼べ」
 あたしは線の薄い耳たぶに噛みつく。
「男というのはとても怖いものだ」
 防音の壁と重たい扉に囲まれた昼休みの音楽室で。あたしは線に言う。線のいちばん奥のところを指で弄りながら。
「だから彼らに近づいてはいけない。あなたは彼らに近づいてはいけない」
 あたしのことばを聞いているのか。聞いていないのか。線は悲鳴に近い声で以て何度も何度もあたしの名前を呼ぶ。昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り始める。あたしは線に服を着せて教室に戻らなければいけない。




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