泥に沈んで安らかに

 星は見えなかった。背の高い外灯が等間隔に並ぶ夜道をわたしはきみと歩いた。外の空気は肌を切るように冷たく空の半分以上を雲が覆っていた。コンビニに行き、缶のお酒と煙草とコンドームを購入した。コンビニを出るとわたしは煙草を吸い紫煙を夜空に吐き出す。煙草を吸えないきみは、するとわたしの真似をして白い煙を頭上にふわりと吐いた。わたしはにやにやと笑いきみはけたけたと笑った。煙草を吸い終えると、わたしたちは手を繋いで来た道を戻り君の部屋へと帰った。

 きみの部屋に帰りつくとわたしたちは買ったお酒を半分だけ飲んでからセックスした。きみの部屋はいつも片付いており無駄なものがなかった。家具はだいたいが白いものばかりだったが、テーブルの上には赤い立方体の可愛らしい置時計が置かれていた。此処にあるもので赤い色をしたものといえばその置時計たったひとつだった。時計の秒針は一定の間隔でかちかちと音を立ててリズムを刻み続けこの部屋の中で常に存在を主張していた。その時計はきみにとってとても大切なものだと、わたしは分かっていた。恐らくはわたしなんかよりもずっと大切なものだと、よくよく理解していた。セックスをするためにわたしはきみの着ている服を一枚一枚脱がした。脱がしている間も、赤い置時計は一定のリズムをずっとかちかちと刻み続けていた。

 きみとセックスする。裸になりキスをして抱き合って繋がる。繋がりながらわたしはきみに好きだと言葉を向けた。きみもわたしに好きだと言ってくれた。赤い時計がかちかち音を刻んだ。わたしは分かっていた。きみが本当はわたしのことをそんなに好きじゃないって。だけれどきみはセックスのときだけ、わたしのことを、きみは好きだと言い、わたしはそれがすごく嬉しかった。嘘だと知っていたけどすごく嬉しかった。嘘でも口にし続けていたら、いつか本当に、好きだと錯覚してくれるんじゃないだろうかって、そういうことをうっすら期待していた。でも、たとえそうならないとしても、きみが嘘でも好きだと言ってくれるだけでわたしは、それで幸せだった。裸になりキスをして抱き合って繋がる。きみはわたしに嘘でも好きだと言う。充分幸せだった。本当に。

 セックスが済んで布団に潜り込むと、きみは裸のまま、わたしよりも先に深い眠りに落ちた。わたしはきみの寝顔をしばらく眺めた後、鞄の中のポーチから睡眠薬を取り出し橙色の錠剤をお酒で流し込むと、きみの隣に潜った。きみは眠っていたけど、わたしが背中にすっと手を伸ばすと意識も無いまま抱きしめ返してくれた。眠っているきみの体温は普段よりも一回り以上暖かくて柔らかくて優しい。いつの間にか外では強い雨が降りだし、室内を支配していた時計の音は耳に届かなくなってた。ほどなくしてわたしの身体に薬が回り始めた。きみの体温と同じ温度をした泥のような眠りにゆっくりと沈んでいく。充分すぎるぐらいに、わたしは幸せと思った。死にたいと思った。






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