芽生えぬ種の家

 白い建物の中に僕は連れてこられた。来る途中白いローブのような制服に着替えさせられてこれから僕はこれを着て生活するのだというふうに言われた。白い建物の一室に連れられここが今日から僕の部屋だと言われた。白い建物の白い一室は日当たりが良かった。白い一室のベッドは柔らかくて、もっと小さな頃に舐めた綿飴の味を僕は思い出した。荷物を置くと僕は一室を出て一階ロビーへと降りた。ロビーには僕と同じぐらいの歳頃の子どもたちが居て誰もが穏やかに笑っていた。男の子も居れば女の子も居たし背の高い子も低い子も白人も黒人も分け隔てなかった。中でもいちばん綺麗に笑っていたのは螺旋階段の中ほどに腰を降ろしていた青い目の女の子だ。みんな僕と同じく白いローブのような制服を着ていた。ロビーも日当たりが良く、教会にあるような大きな十字架があった。「こんにちは」と、みんなのうちのひとりが僕に話しかけた。彼は綺麗に癖の付いた黒い髪の毛をしていて頬にはそばかすがあった。日差しが十字架に当たり深い陰影を刻んでいたのでロビーはとても静かな場所だと感じた。

 翌朝起きると先日と同じように僕は一室を出て一階のロビーへと向かった。みんな昨日と同じように穏やかに笑っていた。そばかすの彼が「おはよう」と僕に話しかけてくれた。僕と同じぐらいの歳頃の子どもたちが思い思いの場所でチェスやカードゲームをして遊んでいるのだが勝った子も負けた子もみんな穏やかな笑顔だ。境界にあるような大きな十字架があった。ロビーの中を僕は見渡してみる。螺旋階段の中ほどに目が行く。昨日確かにそこに座っていた青い目の女の子の姿がどこにも見つからない。「あの青い目の女の子のことかい?」とそばかすの彼が尋ねた。「あの子はもう、ここからいなくなったよ」そばかすの彼は鈴のような声をしていた。いなくなった?僕が確かめると彼は「そうだよ」と頷く。「この建物に来たひとはいずれ居なくなるんだ。その代わりに時々、別の子が新しく入ってくるようになってる」言われて僕は再び辺りを見回す。階段の上から、あまり背の高くない赤毛の男の子が降りてきて周囲の様子を伺っていることに気付いた。赤毛の子は僕らと同じく白いローブのような制服を着ているがみんなのように笑ってはおらず戸惑った様子なので彼が新しく来た子だというのはぱっとひと目みただけで分かった。「この建物に来たひとはいずれ居なくなるんだ」そばかすの彼は僕に繰り返し語った。「この建物に来たひとはいずれ居なくなるんだ。その代わりに時々、別の子が新しく入ってくるようになってる」そばかすの彼は鈴のような声をしていた。「だから例えば僕がいなくなっても、君は決して泣いたりしたらだめだよ。この建物はそういう決まりなんだ」

 僕は白い建物にやって来てから数週間が過ぎた。そばかすの彼が僕の仲良しだった。そばかすの彼と建物の外に出掛けた。建物は山の高い場所に建っていたので外は涼しかった。「秘密の場所に案内してあげるよ」と、彼は僕に笑った。秘密の場所は建物から少し歩いた林の中にあった。小さな陽だまりだった。陽だまりがあるばかりで他には何もなかった。「ここは僕の秘密の場所なんだよ」と、彼は鈴のような声で僕に言った。陽だまりは土と枯葉の匂いがした。「僕は去年、ここに種を植えたんだけど、芽は生えなかったよ」彼はふんわり笑った。「だからこの場所は種のお墓なんだよ」僕は悲しくなった。「あの建物に来たひとはいずれ居なくなるんだ」前にも言ったことを彼は繰り返した。「あの建物に来たひとはいずれ居なくなるんだ。その代わりに、時々別の子が新しく入ってくるようになってる。だから例えば僕がいなくなっても、君は泣いたりしたらだめだよ。この建物はそういう決まりなんだ」彼は鈴のような声をしていた。この陽だまりは芽が生えなかった種のお墓なのだという。

 種のお墓を見に出掛けてから十日間が経った。僕は白いローブのような制服を着ている。一室を出て一階のロビーへ降りて行った。ロビーには僕と同じぐらいの歳頃の子どもたちが居て誰もが穏やかに笑っていた。僕が来た翌日にここにやって来たあの赤毛の男の子も今ではすっかり馴染んでチェスを楽しんでる。勝った子も負けた子もみんな穏やかな笑顔だ。僕自身もちろん、ここにはだいぶ馴染んだ。僕がここに来てから一ヶ月以上たつがその間に十五人の子が新しく入って来て十六人の子がどこかへ居なくなった。教会にあるような大きな十字架が何を意味しているのかも知っている。僕はそばかすの彼の姿を探した。彼の姿はなかった。彼も居なくなってしまったのだということに気付いた。階段の上から褐色の肌をした長い髪の女の子が降りてくるのを見つけた。彼女は不安げな表情で辺りを見回しており新しく来た子なのだと分かった。僕は彼女の傍に近づき穏やかに笑った。「こんにちは」と言った。この一ヶ月少しで、僕はこの穏やかな笑顔がだいぶ得意になった。

 僕はひとりで建物の外に出掛けた。建物は山の高い場所に建っていたので外は涼しかった。建物を出て少し歩いた林の中に入るとそこは秘密の場所だ。小さな陽だまりは芽が生えなかった種のお墓なのだという。この陽だまりは場所は秘密の場所なので周囲を見ても誰の姿も見えない。陽だまりの中は土と枯葉の匂いがした。陽だまりの真ん中で僕は膝を突いた。枯葉と土の匂いの中で声を殺して泣いた。






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