トカゲの星

 朝起きるとみんなトカゲだった。肌の乾いた、トカゲが二本足で立っているような生き物に変わっていた。道を行くひとも駅前で待ち合わせるひとたちも携帯電話を弄るひともみんなトカゲの姿だった。今日は彼と遊びに出掛ける約束をしていた。駅前のモニターに映し出されるニュース番組のアナウンサーもトカゲの顔をしており、アップで映し出される顔は鱗に覆われている。彼を待ちながら私は自分の手や脚を見てみた。私はトカゲではなかった。顔を触っても私には鱗がなかった。みんなどうしたというんだ。昨日まではみんな確かに普通の人間だったというのに突然トカゲになってしまった。約束した場所に立って私は彼を待った。今日はふたりで映画を見に行った後に彼の家を訪れる予定だ。彼が来たとき見つけられるかどうか私は不安だった。私は人間だったら顔で判別できるが、トカゲの顔なんか違いが分からないので、彼が来たときに見分けられるかどうか不安だった。だがその点に関しては心配要らなかった。彼がやって来た。彼もトカゲだったが、私が先週彼の誕生日祝いにあげたシャツを彼は着て来てくれた。

 映画を観終えて彼の家へと行った。映画のスクリーンに映った海外の俳優たちもトカゲだった。トカゲが車を運転し煙草を吸い甘いBGMの中でラブシーンを演じていた。このトカゲたちは、昨日まで普通に人間だったはずのこのトカゲたちは子どもを産むとき妊娠するのではなく卵を産むのだろうかと私は疑問に思ったが彼には尋ねなかった。みんな自分がトカゲになってしまったことなど気にかけてもおらずまるで初めからトカゲだったことが当たり前であるかのように生活していた。トカゲになっても彼は優しかった。彼の家へ出向いた。彼の両親もやはりトカゲだった。彼の母親はトカゲだというのに肌の乾燥を防止するクリームを肘や踵に塗った。彼の父親は私の姿を見て怪訝そうな顔をしていた。おや君はそんな顔だったか?君はどうしてトカゲじゃないんだい?と訊かれた。みんなトカゲで私ひとりが人間の姿をしていた。原因は私にもわからなかった。質問にお茶を濁し、私と彼は彼の部屋へといそいそ引き上げていった。気にすることはないよ。と彼は言ってくれたが、彼は疲れていた。彼は私の頭を撫でた。彼の手はトカゲなのでかさかさしていて私の知っている彼の手とは違ったが指使いは変わっていない。

 翌日になっても世界はトカゲだった。大人も子どもも男も女もみんなトカゲの格好をしていた。職場に出向いてもやはりトカゲばかりで人間は私ひとりだ。トカゲたちはみんな爪が長かったが、それでも苦にすることなくパソコンのキーボードをぱちぱち器用に打ってた。仕事の帰りに小学生から後ろ指を指された。小学生もトカゲだった。小学生だと分かったのは彼らがランドセルに黄色い帽子を被り小さな身体をしていたからだ。身体の大きさからして四、五年生ぐらいか。見ろよあいつ変な格好してるぜ!小学生のひとりが私を指差し言った。なんだよあいつトカゲの格好じゃない変な格好をしてるぜ!気持ち悪いな。あいつはトカゲじゃないから、頭が変なんだぜ!小学生たちはわははと声をそろえて笑った。笑った時にひとりのトカゲがちろちろ舌を出した。舌は紫色をしていてトカゲの舌だった。頭おかしいってなによ。私はつかつかと小学生たちに近づいて行った。私はおかしくないおかしいのはあんたたちよトカゲの格好なんかして。おかしいのはあんたたちよ!私が怒鳴りつけると、小学生たちは泣きだし物陰から彼らの親たちが出てきた。彼らの親たちは太ったトカゲだった。ねえあなたウチの子たちに何してくれるのよ!親たちのうちのひとりが警察を呼んだ。パトカーに乗せられ私は連れて行かれた。警察もやっぱりトカゲの姿をしていた。

 警察署でトカゲの警察から何かを訊かれたが何を訊かれたのか私は分からなかった。トカゲ語というのがあるのかもしれない。トカゲ同士が話す時にだけ通じる言葉だ。私が質問を理解できていないことが分かると、トカゲの警察は口々にトカゲ語で相談をはじめ、その末に私は病院に連れて行かれた。病院の先生に幾つか質問をされた。病院の先生もトカゲだったが先ほどの警察とは違いトカゲ語ではない私に分かる言葉で質問をしてくれたので私は答えられた。みんなトカゲなんです。私ひとりが人間でみんながトカゲになってしまったんです訳がわかんないんです私はどうしたら良いんですか。先生は舌をチロリと出して笑った。先生も看護師も他の患者たちも一様にトカゲだった。私は入院することが決まった。トカゲばかりの病院に私は入院することに決まった。私は精神病なのだと言われた。先生が言うには、精神病のせいで私は人間の姿をしているから毎日しっかりトカゲになるための薬を飲みトカゲの姿になるまで退院してはいけないということだった。馬鹿な。なんだそれは!私は何もおかしくなんかないのに!私は人間で何もおかしくはないのに!私は人間だ私はおかしくないおかしいのはお前たちの方だお前らトカゲのくせに!私は叫んだが看護師に取り押さえられた。大丈夫だよと先生は私に言った。君の病気はそういうものなんだよ。入院してれば無事にトカゲになれるよ。そんな馬鹿な。そんな馬鹿な。そんな馬鹿なことって!

 朝起きると誰もトカゲではなかった。私もトカゲではなかった。昨日は彼が来てくれる予定だったというのに結局来てくれなかった。人間の看護師さんがおはようと言ったので私もおはようと返した。ここは病院の精神病棟で私は入院している。入院してからそろそろ一ヶ月だ。だが私は、一体自分のどこが悪くて入院させられているのか未だに理解できない。私はおかしいので治さなければいけないのだと言われたことは覚えているのだけどどこがおかしいのかは理解できなかった。トカゲたちのことについて思い出した。そうだ。私はおかしくなどない。トカゲだったのだ。お前らみんなトカゲだったのだ。廊下の奥から誰かの叫び声が聞こえた。私は早くここを出なくてはいけないと思った。








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