世界が滅びたので、
ビニールの部屋に、ぼくらは暮らしています。
世界はもう、終わってしまっていて、
ビニールに覆われたこの部屋だけが、無事に残ったのです。
ビニールの部屋に、僕らは暮らしています。
ビニールの部屋に、お母さんとふたりで暮らしています。
世界は滅びたので、
この部屋の外は毎日、冷たい風が吹き荒れています。
だけどビニールは熱を閉じ込めるので、
この部屋の中だけは今も、温かいままです。
「外の風に吹かれたら、あなたは一瞬で凍りついて死んでしまうわ」
お母さんは、そう、僕に言います。
「だからわたしたちはここから出られないの」
「だけど悲しむことは、なにひとつないのよ」
「だってあなたひとりさえいればわたしは、幸せですもの」
ビニールの部屋に、僕らは暮らしています。
ビニールの部屋に、お母さんとふたりで暮らしています。
世界は滅びたので、
この部屋の外はいつも、毒のある空気ばかりが漂っています。
だけどビニールは空気を閉じ込めるので、
この部屋の中だけは今も、空気が綺麗なままです。
「外の空気を吸ったら、あなたは一瞬で毒が回って死んでしまうわ」
「だからわたしたちはずっとここにいるの」
「だけど寂しいことは、なにひとつないのよ」
「だってあなたひとりさえいれば、わたしは充分ですもの」
ビニールの部屋に、僕らは暮らしています。
ビニールの部屋に、お母さんとふたりで暮らしています。
お母さんのことが、僕は大好きでした。
ビニールの部屋に、僕らは暮らしています。
お母さんのことを、僕は、愛していました。
ビニールの部屋に、お母さんとふたりで暮らしています。
お母さんは、滅びた世界に残った、僕にとってのたったひとつの、すべてでした。
ビニールの部屋の中で。
ビニールの部屋の中で。
ある日のことです。
朝、目を覚ますと、お母さんが冷たくなっていました。
お母さんは死んで、動くことも喋ることも、
僕を抱きしめてくれることも、キスをしてくれることも、
二度とありませんでした。
お母さんは死んでしまいました。
お母さんは僕にとってのすべてだったので、
お母さんが死んで、ここに、最後のひとりに、なってしまいました。
ビニールの部屋を、僕は出て行くことにしました。
冷たい風を浴びて、
毒の空気を吸いに、外に出ることにしました。
死んでしまおうと、僕は思ったのです。
もう誰もいなくなってしまったので、
最後のひとりはとても寂しいので、
死んでしまおうと、僕は思ったのです。
もう動くことのないお母さんに、さよならを言って、
ビニールの部屋の扉を、僕は開きました。
外の風は、
お母さんに聞いた通りに、とてもとても冷たく、
だけれど僕は、それでも、
一瞬で凍りついて死んでしまうようなことは、ありませんでした。
外の空気は、
お母さんに聞いていた通りに、とてもとても汚く、
だけれど僕は、それでも、
一瞬で毒が回って死んでしまうようなことは、ありませんでした。
滅びた後の世界を、僕は歩いていきます。
滅びた後の世界を、ひとりで、歩いていきます。
何を食べることも、何を飲むこともせずに、
力尽きる時を待って、ただ、歩いていきます。
(おい、こっちに誰かいるぞ)
(気絶して、酷く弱っている)
(だけどまた、生きてる)
(病院に運ぼう)
(生きてる)