小高い丘のふもとにある小屋で暮らしていた。一緒に暮らしている彼女は私に優しかった。彼女は白に近い金色の髪に緑の瞳をしていた。彼女は台所に立つことを好んだ。彼女はパンの焼き方を知らなかったが、彼女の作るシチューはとても美味しかった。ふわりとしたワンピースが彼女に良く似合った。私の黒い髪を彼女は編んでくれた。彼女が生まれた国ではポピュラーな編み方なのだという。彼女は長い睫毛をしており顔を伏して笑う表情がいちばん美しかった。夜になると私たちは一緒に丘に登った。月が丸く出ていた。月が綺麗ねと私は彼女に言った。綺麗だね、と、彼女は私に応えた。
彼女は鍵を探していた。私と一緒に暮らしながら彼女はずっと鍵を探していた。特別な金属で出来た青い鍵だという。青い鍵は彼女が生まれた国に帰るために必要なものだ。どこかで落として失くしてしまったらしい。鍵を見つけるまで彼女は帰れないので私の家で一緒に暮らしていた。彼女は私に優しかった。彼女は鈴のように澄んだ声をしており生まれた国の音楽について私に教えてくれた。毎日朝になると彼女は外に鍵を探しに出かけ私は町へ音を売るため出向いた。夕方になると私は家に帰った。先に帰っているのは大概彼女の方で、シチューを作って私を迎えてくれた。私は彼女が鍵を見つけられるよう祈った。彼女の笑顔が私は好きだからだ。
ある日私は彼女の鍵を見つけた。私が町で音を売った帰りだ。楽器のケースの中に放り込まれていた。銀貨銅貨のなかにきらりと混じっていた。特別な金属で出来ているのだというその鍵はラピスラズリのように青く光っていた。彼女が探している鍵だと私はすぐに分かった。私は鍵をポケットの中に仕舞った。歩いて家に帰った。扉を開けるとシチューの匂いがした。彼女が私におかえりというので私はただいまと返した。今日も鍵は見つからなかったんだと彼女は顔を伏して笑った。ゆっくり探せばいいわと私は彼女に言った。私の右手はポケットの中で彼女の鍵を弄った。大事なものほどなかなか見つからないからゆっくり探せば良いのよ。彼女の作るシチューはとても美味しかった。その晩彼女が眠ると、私はひとりで丘に登りそのてっぺんに彼女の鍵を埋めた。鋭い三日月が出ていた。
数日後の朝起きると家の中に彼女の姿はなかった。私はハッとしてベッドから飛び起き、家を出て表の丘に登った。丘のてっぺんに彼女の姿を見つけた。ちょうど鍵が埋まっている辺りに彼女は佇んでいた。私は息を切らして彼女の傍へ駆け寄る。何をしているの!私は彼女に叫んだ。彼女はビクリと振り返り顔を引きつらせた。彼女は驚き今にも泣きそうな顔をしていた。朝日を見ていただけだよと彼女は細い声で私に向かって言った。彼女は怯えた目をした。私自身も泣きたい気持ちだった。叫び声など出すつもりはなかった。ちょうど今彼女の足元には青い鍵が埋まっているのだが掘り起こした形跡はない。彼女は本当に朝日を見に来ただけだ。どうしていいのか私は分からなかった。悲しそうな彼女を私は見たくはなかった。
その晩私は彼女が眠った後、丘のてっぺんから青い鍵を掘りだし彼女の枕元に置いた。鍵を置いてしまうと、私は家に居るのがどうにも苦しくなりひとりで再び丘の上へと登った。月は出ていなかったが星がいつもより多く見えていたので、綺麗ね、と私はひとりで、ぽつんと呟いた。