フクロウの話

 カッコウというのはとても賢い鳥だ。賢い鳥なので夏のあいだは暑さを避けて北の国に渡る。冬になったら南の国で寒さをやり過ごす。カッコウは賢い鳥なので自分の子どもを自分で育てない。賢い鳥はそんな泥臭いことはやらない。北の国にはウグイスという馬鹿な鳥が居る。カッコウはウグイスの巣に卵を産みつける。カッコウのお母さんは卵が置かれているウグイスの巣を見つけるとウグイスが留守にしている隙を見計らって卵を産みつける。カッコウの卵はウグイスの卵とそっくりの見た目をしている。ウグイスは馬鹿な鳥だからカッコウの卵を自分の卵だと勘違いしてせっせと温める。そして孵化させる。カッコウはみんなそうやって生まれてくる。僕もそうやってこの世に生まれてきた。

 ウグイスが僕のために餌を獲りに出かけた。ウグイスは馬鹿な鳥なので僕のことをウグイスのヒナだと勘違いして僕を育てている。ウグイスが飛び立った後の巣には僕の他にまだ孵化していないウグイスの卵が三個置かれている。僕らカッコウの卵はウグイスの卵よりちょっぴり早く孵化する。元々あったウグイスの卵を捨ててしまうためだ。ウグイスは馬鹿な鳥だけど本物の子どもと僕とを比べたら勘違いしていることにきっと気づくだろう。そんなことになったら僕はこの巣を追い出されるかもしれない。僕はまだ空を飛ぶことも出来ないので巣を追い出されたら生きていけないのだ。命を懸けて欺かなければ僕に未来はない。僕は身体を振るわせてウグイスの卵たちを巣から落としてしまった。ずっと下の地面でクシャっと音が聞こえた。

 ウグイスは今日も僕のために餌を獲りに出かけた。僕の身体はすくすく成長している。今ではもうウグイスよりも大きい。だけどウグイスは馬鹿な鳥だから未だに僕をウグイスの子どもだと勘違いしている。不意に視界が暗くなったので後ろを振り返った。巨大な白いフクロウが巣の縁に鋭い鍵爪を引っ掻けて僕を睨んでいた。フクロウの姿を目の当たりにして僕はすくみ上った。フクロウと出会った生き物はみんな死んでしまう。フクロウはすべての鳥の中でいちばん強くていちばん賢いからだ。僕が死ぬことを覚悟したその時、遠くの方から近づいて来るウグイスの鳴き声が聞こえた。するとフクロウは何を思ったのか、ウグイスの声がする方を一瞥してから羽根を広げてどこかへ飛び去って行った。巣に戻ってきたウグイスは僕の身体にぎゅっとくちばしを寄せ、無事で良かったと言ってしばらくのあいだ泣いた。

 僕が飛べるようになったのは真夏の暑い日だった。空を飛ぶのは案外難しくなかった。僕がこの巣を捨ててひとり立ちするのも時間の問題だろう。ウグイスは今日も僕のために餌を獲りに出かけた。僕らカッコウは飛べるようになってからもしばらくのあいだはウグイスからの餌を貰って過ごす。その日ウグイスが帰って来たのは遅い時間だった。巣に戻ってきたウグイスは翼を怪我してた。餌を探していたらカラスに襲われたそうだ。ウグイスの怪我はかなりの重傷だった。なんとか命は取り留めたけどウグイスが空を飛ぶことは二度と出来なかった。

 夏が終わろうとしている。滑空しながら地上を眺めると蝉の躯が幾つか落ちていた。僕は木の枝の上で休んでふっと空を見上げた。五羽か六羽ほどの若いカッコウが乱れ飛びながら頭上を通り過ぎた。南の方に彼らは飛んで行ってやがて見えなくなった。カッコウというのは賢い鳥なので冬になったら南の国で寒さをやり過ごす。カッコウというのは繊細な鳥なので北の国の寒さには身体が耐えられないのだ。しかし僕はまだ南の国に飛んでいくことが出来ない。羽根を怪我して飛べなくなってしまったウグイスのために餌を取らなくてはいけないからだ。

 餌をたっぷり持って僕は巣の方へ向かった。しかし巣のすぐ傍まで戻ると慌てて身を隠した。いつかの白いフクロウが巣の縁に鍵爪を引っ掻けて佇んでいるところを発見したからだ。フクロウに出会った生き物はみんな死んでしまう。フクロウはすべての鳥の中でいちばん強くていちばん賢いからだ。巣の中には怪我をしたウグイスがひとりで居るはずだ。僕はフクロウに立ち向かってウグイスを助けなければいけないと思ったが身体が動かなかった。フクロウにはじめて対峙した時の怖ろしい記憶が甦ったからだ。しかしフクロウが傷ついたウグイスを襲う様子はなかった。フクロウとウグイスはしばらくのあいだ何かを喋っていたが僕の居る場所からでは話の内容まで聞き取ることは出来なかった。やがてフクロウは羽根を広げてどこかへ飛んで行った。

「南へ行きなさい」
 ある日ウグイスは僕にそう言った。秋のはじめだった。雨が降った日だった。
「私は今まであなたのことをウグイスとして育ててきたけどあなたはカッコウなの。あなたは私の本当の子どもじゃないの」
 いつから気付いてたの? 僕はウグイスに尋ねた。
「もちろん最初からよ。あなたはカッコウだから、これから来る冬の寒さに耐えることは出来ない。冬が来る前に南へ行きなさい」

 あっという間に秋は深まった。僕は未だに北の国に居る。怪我をしたウグイスのために餌を運ぶことが今の僕の日課だ。かつてウグイスが僕にそうしてくれていたようにだ。寒くなったせいかこの頃は餌になる虫たちの数もめっきり少なくなった。
「早く南へ飛んで行きなさい」
 この頃のウグイスは毎日悲しそうにそう言う。悲しそうなウグイスを見ると辛い気持ちになる。だからといって僕が南に行ったら飛べなくなったウグイスはあっという間に死んでしまうだろう。ここに留まることが正しいのかそれとも間違っているのか僕には分からない。カッコウというのは賢い鳥のはずなのにそれでも分からない。どうすることがいちばん正しいんだろう。考えても考えてもさっぱり分からないので僕は今でも自分がいちばん居たいところに居る。

 巣に帰り着くとウグイスの姿はどこにも見当たらなかった。
 空っぽになった巣の中には、フクロウの白い羽が一枚落ちていた。
 

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