夏のはじめに船乗りさんが、小さな船にひとりで乗って、島にやって来た。船乗りさんは、水兵服を着ており、真っ白な肌に青い瞳をしていた。長い旅の途中に、立ち寄ったのだという。島で暮らす誰もが、船乗りさんのことを、とても歓迎した。青い瞳のひとがこの島にやって来るのは、なかなか珍しく、十五年振りだという。十五年前だと、私はまだ生まれていなかったから、あくまで噂で聞いただけなのだが、青い瞳のひとというのは、往々にしてすごく物知りらしい。船の燃料とか、水や食べ物を貰っていく代わりに、島のひとびとが知らないことを、必ず教えてくれる。前にこの島にやって来たときには、そのとき島で流行していた悪い病気の治し方を、教えてくれたそうだ。
妹が死んでしまうと分かった。妹はまだ六歳になったばかりだ。生まれつき身体が弱かったが、今日まで生きてきた。クレヨンを使って絵を描くことが好きな女の子だ。最近は絵本も自分で読めるようになった。将来の夢は島に図書館を作ることだという。来年からは小学校に通い始めるはずだった。学校に行くことを妹は楽しみにしていた。辛い治療や寂しい入院にも、いつも耐えてきた。だけど妹は死んでしまうと分かった。長く持っても秋までは保たないだろうと言われた。妹が助からないと分かってから、私はいちども見舞いに行けていない。私よりも妹の方が何倍も辛いに決まっているのだから、お姉さんの私が泣いてはいけないのに、私にはちっとも、泣かないでいる自信がないから、怖くて怖くて、見舞いに行けないのだ。
私は夜中に家を抜け出して、船乗りさんを訪ねた。大人たちは船乗りさんのために、島でいちばん立派な宿を用意したそうだが、船乗りさんは申し出を断り、港に繋いだ船の中で寝泊まりをしていた。船の傍には、金属で出来た見たこともない機械が幾つも置かれてた。何に使う機械なのか、私には見当も付かなかった。港からは星が良く見えた。円くて大きな月が出ており、海の表面に映って、ゆったりと揺らいでいた。船乗りさんは、間近で見ると、びっくりするほど身体が大きかったが、優しい顔をしていた。私は船乗りさんに頼んだ。妹の病気をどうか治してください。しかし船乗りさんは、少しのあいだ困った顔をした後、私は医者ではないから、病気は治せないと、申し訳なさそうに答えた。私はいよいよ悲しくなって、わんわん泣き出した。泣いてはいけないと自分に言い聞かせても、涙は止まらなかった。ひと前で泣くのは、ずいぶん久々だった。
それからというもの、私は毎晩、船乗りさんのところに通うようになった。船乗りさんはどうしてここに来たのと、私は質問した。世界中を回って、星座の研究をしているのだと、船乗りさんは答えた。船乗りさんは天文学者だった。星座のことを私は知らなかった。星座というのは、夜空に浮かぶ無数の星々の中に隠れている、生き物とか、神様たちのことだ。こぐま座、さそり座、はくちょう座。ヘラクレス座に、へびつかい座の見つけ方を、船乗りさんは私に教えてくれた。彼の話はとても面白かった。
月のない、暑い夜だった。半袖で外に出ても、肌が汗ばんだ。だけれど風は少し吹いていた。妹の容体が、いよいよ悪いらしい。パパとママはずっと病院に居て、妹に付き添っているけど、私はやっぱり怖くて、見舞いに行けなかった。妹が死んでいく様子を目にするのが、すごく恐ろしかったし、泣かないでいる自信も、やっぱりなかったからだ。私は船乗りさんのところに行き、妹はどうして生まれてきたのだろう、と、彼に質問した。妹は生まれてこの方、病気をしてばかりだ。そして治ることもなく死んでいこうとしている。妹の人生に意味はあったんだろうか。私は質問した。船乗りさんは答えなかった。代わりに穏やかな顔で微笑み、長い指で、空を指差した。
その翌日、船乗りさんは港を出発した。夜に訪ねたけど、船乗りさんの小さな船はもうどこにもなかった。彼が居ないので、私は寂しくなり、ひとりで夜空を見上げた。するとすぐに、私はこぐま座を見つけた。さそり座も、はくちょう座も、すぐに見つけられた。船乗りさんは行ってしまったけど、船乗りさんが私に教えた星座を、私は覚えていた。私は立ち上がると、妹が入院している病院の方に向かって、急いで走り出した。