また今度はいつか。またいつかは今度

 ――今さらだけど不思議だなと思うよ。おれはあなたの顔も知らないのに、毎晩こうして話をしてるんだから。インターネットはすごいね。今日は何やってた? ――流れ星? ――そっか流星群か。こっちでも見えるのかな。これ終わったらバイクに乗ってちょっと見てこようかな。明日は授業が一限からあるけど。――願い事? ああ、流れ星って願い事いうと叶えてくれるんだっけ。――そしたら、幸せにしてくれって言ってこようかな。

 ――バイクはすごく良いよ。風を切って走るとめちゃめちゃ気持ちが良い。車とか電車とはずいぶん違うんだよ。車は、あれは自分で運転している時でも、乗り物に乗っているっていう感覚がどうしてもあるじゃん? バイクはそうじゃないんだ。運転してるあいだは、バイクが自分の一部になったみたいっていうのか、逆に自分がバイクの一部になったみたいっていうのか、とにかく自分の身体が、時速百キロで走れる生き物に進化したような感覚があるんだ。あなたもいつか乗ってみたら分かるよ。

 ――流れ星を見に行く時間ぐらいあるよ。一限は九時から始まるから、朝はだいたい七時に起きれば平気。でも授業のことを考えるとちょっと憂鬱だな。――おれの通ってる大学って就職率がすごく高いんだ。でも就職先の業界はだいたい決まっていて、そこで働くための勉強ばかりを毎日やってるのな。で、その業界っていうのが、もちろん事業所ごとに多少の違いはあるけど、だいたいどこも人手不足で残業は多いし、身体はしんどいし、そのくせ休みも給料もすごく少ないのね。そんな感じだから勉強すればするほど、うんざりしてくんだけど、とはいえ奨学金を借りて入学しちゃったから、今さら辞めるわけにもいかなくてさ。なんか気がついたら、自分の人生がすごく、嫌な感じの一本道になっちゃってたって感じ。これから自分はどうなっちゃうんだろうなって、不安はだいぶ強いよ。

 ――うん。幸せになりたい。幸せってどうしたらなれるのかな。――やってみたいことなら結構たくさんあるよ。例えば東京に住んでみたいとかさ。海外は……英語分かんないからちょっと怖いかな。今やってるバンドで全国ツアーとかはできたら嬉しいな。そんでメジャーデビューしてCDめっちゃ売ってさ。バンドが売れたら奨学金返して大学辞められるな。それか宝くじが当たるんでも良いな。あとでっかい犬とかちょっと飼ってみたいな。その時は名前を一緒に考えてよ。今いった中のどれか叶ったら幸せになれるかな? それは分かんないな。

 ――高校生の頃は彼女ができれば幸せになれるって思ってたよ。――なんだよ笑うなよ。男子校だったからさ、彼女さえできれば、彼女さえできればって、みんなそんなもんだったよ。しょうがないんだってば。――最初の彼女は大学入ってすぐ。バイクを買いたくて始めたコンビニのバイトで一緒だった、ひと回り年上のお姉さんが付き合ってくれてさ。あの時の舞い上がり方は我ながらすごかったよ。――これで自分も幸せの絶頂! もう何も不満なんかないさ! みたいな感じで。――もちろん、実際には彼女ができても、それだけで幸せになれるなんてことはなくて、むしろ付き合ってからの方がいろいろ悩んじゃったし、相手のことも困らせちゃっていたし、結局半年ぐらいで振られて終わっちゃった。お互い嫌いで別れたわけじゃないから今でもたまには連絡取りあってるけど。――今も好きとかはないかな。向こうは来年結婚するんだって。

 ――そうそう。やってみたいことなら結構たくさんあるけど、どれを叶えれば幸せになれるのかは、実際に叶えてからじゃないと、なかなか分かんないよな。彼女ができた時みたいに、叶えたところでその先が大変って、そういうことの方がきっと多いんだろうな。東京に行っても、東京には東京の難しさってあるよな。めちゃめちゃ売れたバンドマンだって自殺するひと珍しくないし、宝くじが当たったら人生めちゃくちゃに! みたいな話もわりと聞くもんな。もしかしたら、何をやってもしんどいままなのかな。「とにかくこの世は住みにくい」って誰が言ったんだっけ? あの世だったら住みやすいのかな。それも分かんないよな。

 ――いやいや別に自殺なんかはしないよ。そんな、心配されたら申し訳なくなるじゃん。大丈夫だってば。――あれ、話したことなかったっけ? おれ、一回バイクで事故ったことあるんだ。――ちょうど去年の今頃だよ。バイトからの帰りで。信号無視して交差点に入ってきた車に横からぶつかられたの。バイクから投げ出されて。身体がぶわって宙で一回転して。人間はピンチの時に脳の処理速度がすごく上がるからそうなるらしいんだけど、ドラマみたいに時間の流れがスローに感じられてさ。ああこれ死んだなって、マジで思ったな。なんとか生きてたけど。

 ――どうしてそんな危ない思いをしたのに、どうして今でもバイクに乗るのかって? ――今までそんなこと考えたことなかったけど、しいていうなら、むしろ危ないから乗ってる感じかなぁ。――例えば、中に熱い飲み物がなみなみと注がれたカップを運ぶ時とか、ナイフを使って鉛筆をめちゃめちゃ細く削っていく時とか。――危ないこと、絶対に失敗できないことをやっている時って、すごく集中するから、それ以外のことを考えなくなるだろ? ――それと同じでさ。どんなに嫌なことがあっても。どんなに悩みごとがあっても、バイクに乗って運転してる時は運転に集中して、それ以外のこと全部忘れちゃって、走ることだけ考えていられる。将来のこととか、好きなひとの結婚とか、逃げたいことってすごいたくさんあるけど、全部振り切ってさ。時速百キロで走れる生き物になって、どこまででも行けるって気持ちになれるんだよ。――幸せになりたいな。

 ――もうこんな時間か。それじゃあおれもそろそろ、流れ星でも見に出かけてくるかな。彼女がいても幸せにはなれないけど、流れ星に願えば幸せになれるかもしれない。願ってみないとそれは分かんないよな。

 ――うん、そうだね。

 ――じゃあ、もしも流れ星に願ってもだめなら、その時はあなたに、会いに行こうと思うよ。

あとがき

SNSを使うようになって、遠くにいるひとや、長いこと会っていないひととも、とても気軽にやり取りができるようになりました。

でも一方で、良くも悪くも距離の遠さを感じなくなったというか、「会おうと思えばいつでも会えるよね」と錯覚しちゃうことも、増えたように思います。

それでもやっぱり、実際に足を運んで会って、同じ時間を共にするというのは、相手によってはなかなか難しい。難しいからこそ、これから先もきっと、代替の効かない特別な行為であり続けるのでしょう。

「会いたいひとには、それができるうちに会っておくべきだった」

そんな話を聞きながら、この物語を書かせてもらいました。

2019/01/31/辺川銀

このお話をご依頼したくださった方からも、コメントを寄せていただきました。

色事でもなく、
友達未満知り合い以上
それが心地良い間柄だってことがある。

(また今度会える)
(またいつか会える)
それが当たり前に来るものだと
信じて疑わなかったあのとき。

それがもう永遠に訪れなくなったことを
知ったその日から
ずっとずっと私の時間だけが過ぎていく。

また今度とまたいつかを
返してほしい、
と願うばかりなのです。

心より花束を。

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