恋ならば落ちよう愛ならば誓おう

 ゴンゾはアバンテにひと目で恋をした。ゴンゾという男は、砂漠の上空で速さを競い合う飛行機乗りたちの中のひとりだった。あの時代にはゴンゾのような飛行機乗りが星の数ほど居た。アバンテは町のショップに並んでいた一点物の飛行機で、当時開発されたばかりの大型エンジンが搭載されていた。はじめてアバンテを目にしたその時から、ゴンゾはこの飛行機がとても優れた機体であることに気付いた。大型エンジンだけではなく、広い翼もハヤブサのような流線型のフォルムも、アバンテという飛行機のすべてが魅力的に映った。貴重なパーツを使っている上に一点物だったので非常に高価だったが、ゴンゾはこの飛行機をどうしても手に入れたいと焦れた。

 あの時代。黄金色をした砂漠の上空では無数の飛行機たちが飛び交って速さを競っていた。飛行機乗りたちは総じてあまり豊かなではなかったが、皆なけなしの財産を削りに削って自らの飛行機を購入した。他人より速く空を飛ぶことに快感を求めていた。彼らにとってより速く空を飛ぶことは財産を築き上げることよりもよほど魅力的だったし大きな名誉だった。速さを競い合い勝利を収めた者は英雄のように扱われた。ゴンゾもまたそんな飛行機乗りたちのうちのひとりだった。誰よりも速い速度で空を飛ぶことに憧れ、何よりも速く飛べる飛行機をずっと求めていた。

 ゴンゾはアバンテにひと目で恋をした。それまでに蓄えた貯蓄のほとんどすべてを投げうち、売ることの出来るものは少しも残さず売った。あちこちに借金をし、長年に渡るローンを組んでアバンテを購入した。手に入れたアバンテはやはり素晴らしい飛行機だった。大型エンジンの馬力が生み出すスピードはどんな飛行機も一瞬で置き去りにすることができたい、砂漠の端から端まで飛んで行くことさえあっという間だった。誰もがゴンゾとアバンテの速さを認めるようになった。ゴンゾは幸せだった。アバンテと一緒に空を飛んでいる時、ゴンゾはこのまま地上に降りることなく、いつまでも飛び続けていたいと願った。

 ゴンゾはアバンテにひと目で恋をし、それから八年過ぎた。アバンテは未だに速い飛行機だった。この八年間のあいだも新型の飛行機は常に開発され、中にはゴンゾとアバンテを脅かすようなものもちらほら現れるようになったが、それでもまだアバンテはこの砂漠でいちばん速く飛ぶことのできる飛行機として皆の尊敬を集めていた。だがある日アバンテの機体に異変が現れた。鉄と油の匂いがするガレージから飛び立とうとしてもエンジンが上手く掛からなかったのだ。調べたところエンジンの故障自体は大したものではなくすぐに直すことができたが、アバンテはもう新しい飛行機ではないのだということを、ゴンゾは認めざるを得なかった。その後アバンテは小さな故障を幾度も繰り返し、ゴンゾはそのたびにせっせと修理をした。

 ゴンゾはアバンテにひと目で恋をした。ゴンゾがアバンテを購入してから十二年の歳月が流れた。黄金色の砂漠の上空には、相も変わらず飛行機たちが無数に行き交い速さを競っていた。アバンテはもう新しい飛行機でもなければ、速く飛ぶことのできる飛行機でもなかった。この十二年間、飛行機にまつわる技術は日夜進歩を続けた。そしてアバンテのそれよりもさらに出力が高く軽量で安価な最新型のエンジンがついに開発された。それを境にアバンテよりも速く飛ぶことのできる飛行機たちがゴマンと現れるようになった。ベテランの飛行機乗りの多くも、こぞって最新型のエンジンを積んだ飛行機に乗り換えていった。アバンテはもう一昔前の終わった名機に過ぎなかった。

 鉄とオイルの匂いがするガレージでゴンゾは今日も念入りにアバンテの整備をした。機体は既にぼろぼろに痛んで、当時は最先端といわれていた大型エンジンやハヤブサのようなボディも、今では誰もが時代遅れと笑った。修理に必要なパーツを買いに出かけるたび、最新型の飛行機への買い替えを勧められたが、ゴンゾは決して応じることがなかった。アバンテがもう速い飛行機ではなくなってしまったのと同じように、ゴンゾも今ではもう、皆の尊敬を集められるような飛行機乗りではなかった。だがゴンゾは、もうそれで構わないのだと思った。十二年前にゴンゾは、誰よりも速く飛べる飛行機を求めてアバンテに恋をしたが、今ではアバンテが速く飛べなくなっても構わないと思った。それ以上に長い月日をアバンテと飛び続けたのだ。整備を終えるとゴンゾはアバンテのコックピットに乗り込み、エンジンを掛け、空へと発進した。ゴンゾは幸せだった。アバンテと一緒に空を飛んでいる時、ゴンゾはこのまま地上に降りることなく、いつまでも飛び続けていたいと願った。

 

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