秋。妻の妊娠初期における体調不良もようやくピークを超えてきた様子だった。
とはいえ別の心配ごともあった。身体は日に日に変化していくものの赤ちゃんの様子自体は妊婦健診に行った時でないと確認することができない。加えてはじめのうちは2週間毎だった妊婦健診もこの時期になると4週間毎になる。「ちゃんと生きてるだろうか」という不安を妻は頻繁に口にするようになっていた。
だけれど今は超音波聴診器という便利なものがある。従来は産婦人科の設備でなければ聞けなかった赤ちゃんの心臓の音をご家庭で聞けますよという道具だ。少なくとも生きていることが確認できればだいぶ安心だろうとそれを購入した。
ところがいざ届いたものを使ってみても心音らしき音は聞こえない。数日使い続けてみてもやっぱり聞こえなかった。この機械で聞こえ始める時期には個人差があるということで「マイペースな子なのかもねえ」なとど話してはいたのだけど「聞こえれば安心できる」と思って買ったのに聞こえないのでは逆に不安になる。
……それでも赤ちゃんはきちんと育っていた。平均的な日数よりも幾日か遅れてからだけれど元気な心音をきちんと聴かせてくれた。妻は以前から健診の際に耳にしていたのだけど、実は僕にとっては初めて聞く音だった。
知らずに聞いたら心臓の音だとは分からなかっただろう。お腹の中にいる赤ちゃんの心音は大人のそれよりもだいぶテンポが早い。「どくん、どくん、どくん」と鳴る大人の心臓に対して、赤ちゃんのものは「とっとっとっとっ」という感じ。他のものでは聞いたことのない種類の音でまた少し泣いてしまった。妻の妊娠が分かってからの僕はずいぶん涙もろくなった。嬉しいことでばっかり泣いている。