理由があれば雨はいつでも降る

 校舎を出たときには既に暗かった。学校から家までは電車に乗って十分ほどの距離だが、私は駅には向わず、国道を歩き始めた。毛糸で編まれた紫色の大きなマフラーを、顔の下半分がすっぽり隠れるように巻いているのだけど、それでも寒いと感じた。歩きはじめてから五分か十分が過ぎると、雨が降り始めた。音を立てない、弱い弱い雨だ。降っているのか、いないのか、すぐには分からないぐらいの、微かな霧雨だ。等間隔に並んだ外灯のぼんやりとした光の輪の中を、細かな粒がふわふわ漂っていたので、降っているのだと分かった。鞄の中には折り畳み傘が入っているのだけど、傘をさすほど降っているわけでもないから、私はそのまま歩いた。

 同じクラスのミルクのことを私は考えた。ミルクというのは彼女の愛称で、本当の名前は違う。私から見て、ミルクは恵まれた少女だ。しなやかで、美しくて、猫のような雰囲気を身にまとっている少女だ。愛想はあまり良くないし、口数は少ない。しかし頭が良く、たった一言喋っただけで、みんなの心を掴む。彼女の言葉に対しては、誰もが黙って耳を傾ける。表情は少なく、あまり笑わないが、ときどき見せる笑顔は、性別を問わずに見惚れてるぐらい綺麗だ。ツンとしていて、気ままで、周りに同調せず、悪く言うなら自分勝手なところもあるのだが、ミルクはみんなに好かれているので決して誰かに非難されたりしない。そんなミルクに対して、私はいつも羨ましさを感じる。

 私は電車に乗らずに、国道を歩いて帰った。後ろの方から近付いて来た大きなトラックが、アスファルトの地面を揺らしながら、私の横を通り過ぎて行った。雨は変わらず、音も立てない弱さのままの霧雨、ふわふわ降り続いている。向かい側からやってきた、カップルと思しき男女とすれ違った。彼らはいずれも傘をさしてはいない。私も傘をささない。傘をさすほど強い雨ではない。

 電車に乗らずに歩いて帰る理由は、家に帰ることが、何だか憂鬱だからだ。だが一体、何がこんなに憂鬱なのか、私自身もはっきり分からない。私の家には立派なパパと優しいママが居る。彼らは私に期待をしてくれるし、とても愛してくれる。だから私も彼らの期待に応える娘で居たいと、常に思っており、彼らのことをとても愛している。私たちは良い関係の家族だ。不満や憂鬱に感じる理由などは思い当たらない。思い当たらないが、しかし実際に憂鬱な気分なので、私はそれが悲しい。口に出したり、泣いたりするほどではないけど、ほんの微かに悲しい。

 同じクラスのミルクのことを私は考えた。私から見て、ミルクは恵まれた少女だ。しかし彼女は歩くときに、右の足を少しだけ少し引きずる。生活するのに支障はないそうだが、長い距離を歩いたりとか、みんなと同じように体育の授業を受けたりすることはできない。クラスのみんなは彼女のことを好きなので、脚が悪いことによってミルクが決して不自由することのないよう、細かく気を遣う。気を遣われてもミルクは別にお礼を言ったりせず、それどころか、苛々した表情を見せることさえあるけど、それでもみんなはミルクに気遣いする。ミルクの足の不自由さというのは、彼女に気を遣いたいひとたちにとっての、とても分かりやすい理由だ。そんなミルクに対して、私はいつも羨ましさを感じる。

 私は電車に乗らずに、国道を歩いて帰った。学校を出てから既に一時間以上はこうして歩いている。川に掛かった大きな橋を歩いた。雨は変わらず、音も立てない弱さのままの霧雨、ふわふわ降り続いている。向かい側からやってきた、部活帰りと思しき男子高校生の集団とすれ違った。彼らはいずれも傘をさしてはいない。私も傘をささない。傘をさすほど強い雨ではない。しかし首に巻いた紫色の大きなマフラーに手を触れると、水を含んで重たく湿っていた。少しずつの雨でも、長く浴び続ければ湿ってしまうらしい。私は仕方なくマフラーを外して、鞄の中に仕舞った。

 橋を渡り切るより少し手前のところで、私は立ち止った。立ち止った理由は、十メートルほど先の交差点に、私と同じ制服を着ている少女の後姿を発見したからだ。見間違いかと思って、二、三度見返したが、見間違いではなかった。少女は傘をさしており、信号待ちをしていた。学校からここまで、歩いてきたのだろうか。そんな物好きが自分の他にも居るのかと、私は驚いた。少し経ち、信号が青から赤に変わると、少女は歩きだし、横断歩道の向こう側へと渡った。横断歩道を歩いて渡る少女は、右の足を少し、引きずっているのが分かった。






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