諦めた者の夕べ


 
 午前の六時にスマートフォンのアラームの音で目覚めた。おはようと声にしてもワンルームのひとり暮らしだから返事は返ってこない。セールの時に買い貯めた菓子パンを噛りながらテレビを点けてみると、十七歳の日本人ピアニストが、海外の権威あるコンクールで大きな賞を取ったと報じられていた。画面に映ったそのピアニストはほっそりとした女の子で、授賞式用の濃いメイクをしているにもかかわらず実年齢よりさらに幼く見えた。受賞の喜びを誰に伝えたいですか? というアナウンサーからのありきたりな質問に対して彼女は、ここまで育ててくれた家族と先生ですねと舌足らずな声で答えていた。
 
 そんな様子を眺めながら私は、自分が子どもの頃に抱いていた夢について思い出した。もう何年も鍵盤に触れてさえいないが私だって昔はピアノを習っていてプロの演奏家を目指していた。幾つものコンクールで入賞してたくさんの演奏会を開き、脚光を浴びて多くの人々から尊敬されたかった。まさに今テレビ画面に映っている十七歳の女性ピアニストみたいな存在になりたかったのだ。けれどは私は彼女と違いその夢を叶えることが出来なかった。だからこれから身支度をして決まった始業時間に遅れないよう会社に行かなきゃいけない。
 
 
 私の父は地元の小さな楽器店に勤めていた。私が生まれた時点で既に五十歳を超えていた古い時代の男性ということもあってか、あまりたくさん喋るひとではなかった。家に居る時も自分の部屋で音楽ばかりを聞いて、母や私との会話は少なかった。だけれどある時ピアノを習ってみたいと私が伝えると、父は本当に嬉しそうにニコニコと笑い、その日からレッスンをつけてくれるようになった。ピアノの前にいる時の父は普段とは別人のように饒舌で表情豊かだった。小学校のテストで百点を取ってもほとんど反応がなかったのに新しい曲をひとつ弾けるようになれば二日でも三日でもそのことだけを褒め続けてくれた。だからこの時期の私は寝ても覚めてもピアノのことばかり考えて過ごした。もっと上手になりたい。もっとたくさんのひとから褒められたい。もっと大きな舞台で演奏してみたい。そんなことばかりが私の欲求だった。難しい曲を弾けるようになった。発表会で良い演奏をすることができた。他の子よりも多くの拍手をもらった。そんなことばかりが私の喜びだった。小学校の卒業文集には、大人になったらプロの演奏家になって大きなホールを満員にしたりCDを出したりコンクールの賞をたくさん取ったりしたいなどと綴った。
 
 しかしこの世界でプロになれるのは生まれつき優れた才能を持っていなければいけない。才能で劣る者が努力の量で逆転することはできない残酷な世界なのだ。天才であろうと凡人であろうと上限まで努力することは当たり前なので必然的に才能の量でしか優劣がつかないのだ。どうやら自分は天才ではないようだと私が気づいたのは高校生の頃だ。練習すればするほど自分の才能の限界が明らかになっていった。毎日ピアノに向き合うことがだんだんと苦痛に感じられるようになった。父に練習を見てもらうことも嫌になってしまい家族の会話もずいぶん少なくなった。音楽大学の入学試験は二年続けて不合格だった。この時に私はプロの演奏家になるという夢を諦めた。実家を出てピアノとはまったく関係のない仕事をやりはじめた。もう何年も鍵盤には触れていない。
 
 ひとつの夢を諦めずに追い続けて叶えることはとても困難だ。それこそ才能に恵まれた者以外にはほとんど不可能だ。だからこそ諦めない者が夢を叶えればすごく称賛される。だが一方で諦めずにいること自体はとても簡単だ。夢に近づくことも遠のくこともしないで、ただただ何も変えずにいれば良いのだからこれはいちばん楽だ。それよりはむしろ諦める方がずっと難しかった。諦めるには勇気と知恵が要った。自分がこれまで人生の大部分を費やしてきた事柄を切り捨てるのだから勇気が必要だった。そして何より、自分はどうしてこの夢を追いかけてきたんだっけと改めて問い直す知恵を求められた。
 
 
 夕方になり仕事を終えてから私は施設に出向いた。受付を済ませてから父の個室を訪ねた。そこに居た父はベッドの端に腰を下ろしぼんやりとした様子でテレビを眺めていた。テレビ画面には十七歳の女性ピアニストの笑顔が映し出されていた。お父さん、と私が声を掛けても返事は返ってこないが、私は構わずに父の右手を取り、かさかさに乾いて固くなった指や手のひらを黙って揉み始めた。しばらくの間それを続けていると次第に父の表情にも変化が現れてくる。
 
 今年で八十歳を迎える父は数年前から色々なことを思い出せなくなってしまい従来どおりの生活を送れなくなったのでここに入所している。元気だった頃よりも更に口数が減り私の名前を呼んでくれることもなくなってしまった。耳も遠くなったようで大好きだった音楽も聞かなくなってしまった。だけど私が手を握ったり、指を揉んだりしてあげると、昔ピアノを教えてくれた時のように、ニコニコ笑ってくれる。

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