暑くよく晴れた日に訪ねたテーマパークのメインエントランスで僕はペルフェティと出会った。ペルフェティの姿を目の当たりにしたとき僕は驚いた。道化師のような化粧を施したペルフェティが男性とも女性ともつかない美しくユニークな格好をしていたからではない。僕の姿を見つけたペルフェティが「ようこそ私たちのパークへ。どうか心ゆくまで楽しんでいってくれ」と目を細めながら言ったからでもない。二十一世紀の末期に経営が破綻してからというもの広大な砂漠の真ん中で百五十年以上も放置されて、すっかり廃墟になっているものと思われていたこのテーマパークで、同じく朽ち果てているだろうと考えられていたエンターテイナーロボットのペルフェティが動いていたからだ。「さっそく私がここを案内してあげよう」ペルフェティはそう一度ウィンクをしてから、パークの奥と僕をいざなった。日差しが強い。
このテーマパークは二十一世紀の半ば頃にオープンしたのだと記録されている。当時は周囲も砂漠化しておらず人間やロボットがたくさん暮らしていたし観光客にも人気があったので、このパークだって連日ずいぶん賑わっていたみたいだ。けれどその後急速に進んだ砂漠化によって住民が去り観光客もすっかり遠退いた。パークを訪れるひとも当然いなくなりあっという間に経営破綻してしまったのだという。パークが破綻して以降、この土地は砂漠の真ん中ということもあり特に利用価値を見出されることなく一世紀半ものあいだ手付かずになっていたのだけど、つい先日、ようやく新たな使い道が決まった。なんでも軍隊の実験場として活用するのだという。それにともないパークの建物や設備も取り壊すことに決まった。遺跡として保存するべきだという意見も僅かにあったようだがそれらは当然のように却下されてしまった。
「あれが観覧車だ。このパークの観覧車は世界中の観覧車の中でいちばん大きいんだ。今日は天気も良いし景色がよく見えるよ。街のビル群を空から見下ろすのはとても爽快さ。乗るかい?」僕の手を引いてパーク内を歩きながらペルフェティは、空いている方の手で東側に見える観覧車を指さして楽しげに喋った。遠慮しておくと答えて僕は首を横に振った。この周辺にはもう街やビルなどない。あるのは砂漠ばかりだ。
とはいえパーク内の様子は事前に予測されていたものと全く違っていた。ペルフェティとふたりで歩けば歩くほど、信じられないという気持ちが僕の中に募っていく。観覧車は動いていた。誰も載っていない約九十個のゴンドラは巨大な円の外周をゆっくりとした速度で廻り続けていた。観覧車だけではない。ジェットコースターやコーヒーカップなども無人のままで稼働を続けている。経営が破綻して人間の手が入らなくなってからこれだけ長くの時間が経っているのだ。動いているものなど残っているはずがないと僕を含めた誰もが残っていた。にもかかわらずペルフェティは動いている。製作者に与えられたエンターテイナーロボットとしての役割を依然として全うしようとしている。
もちろんすっかり停止しているアトラクションもあり、ゴーカートやメリーゴーラウンドは動いなかった。しかし動かなくなったものをよくよく観察すると更なる驚きがあった。停止したアトラクションは他の廃材やロボットの残骸と組み合わせることで太陽光発電機として再利用されていたのだ。まさか僕らが知らなかっただけで定期的に人間の出入りがあるのだろうか。それともペルフェティが? 僕が尋ねてみるとペルフェティは誇らしげに胸を張って「いつゲストが来ても良いよう、パーク内を常にベターな状態に保っておくことが私の役割だからね」と答えた。
パークの解体にはレーザーを使うことが既に決まっている。衛星軌道から強力なレーザー光線を正確に照射し、対象物を一瞬で蒸発させてしまうという高性能なものだ。十年ほど前から普及したこの方法は、ダイナマイトなどと比較すると騒音や粉塵や事故の危険が少なく瓦礫も残らないので、今や廃墟を解体する際の手段として広く用いられている。レーザー照射の予定時刻は今日の日没に設定されており、既に衛星のコンピューターが受理してしまっているから、もう変更はできない。照射の際に何も知らない一般人が残っていると事故が起こるので、直前に最終確認を行い、もし万が一、人間が残っていれば避難させるというのが僕に課せられた仕事なのだ。だがロボットは避難の対象ではない。
一緒に来てくれないか? 観覧車の正面にあるベンチに腰掛けて僕はペルフェティに提案した。このパークは間もなく解体される。ほんの一瞬でだ。そうすれば君だって跡形もなく消えてしまうんだ。このパークの外でも君なら多分やっていけると思う。みんなのことを喜ばすことがきっとできると思う。君のようなロボットが消えてしまうのは悲しい。僕と一緒に来ないか?傾き始めた太陽の光が顔に当たって眩しい。レーザー照射の予定時刻まであと二時間を切った。
「それは出来ないな」とペルフェティは首を横に振った。「いつゲストが来ても良いよう、パーク内を常にベターな状態に保っておくことが私の役割だからね。今までずっとそうしてきた。あなたたち人間の寿命よりもずっと長い時間。多くのお客さんで賑わっていた時代も。誰も来なくなってからも。本当に長いあいだそうやってきたんだ。このパークの最後の時を迎えるまで、そうすることが私の役割なんだ。そして今日でその役割を全うできるのなら、私はそれを嬉しいことだと思うよ。最後のゲストがあなたのような人間でとてもハッピーさ!」
レーザー照射の予定時刻まで残り十五分。あと十五分経ったら今この土地にあるものは何も残っていない。ペルフェティが守り続けていたパークのアトラクションも、こつこつと積み重ねてきた修繕の跡も、ペルフェティ自身も、レーザーの光で蒸発して消えてなくなるのだ。メインエントランスで僕はペルフェティと別れた。「私たちのパークは楽しんでもらえたかな? 楽しい思い出は作れたかい? いつかまた会おう!」ウィンクをしながらそんな台詞を口にしたペルフェティと握手を交わしてから、僕は踵を返して、砂の上を歩いてパークを後にした。
あとがき
「あるゲームのキャラクターを題材にしてお話を書いて欲しい」という珍しいテーマで書かせていただきました。僕自身はしっかりとしたゲームというのはもう長いことやっていないのだけど、元々ゲーマーなので少し余裕が出てきたらプレーしてみたいものです。