ぱぴ子について

 ぱぴ子について。わたしの大事な可愛いぱぴ子について。ぱぴ子というのはわたしの多くの持ち物のうちのひとつで、わたしが与えた真っ赤な屋根の家にひとりで暮らしている、わたしの女の子だ。ぱぴ子まるで夜中のねこみたいに丸く大きい瞳と、なめらかで歪んだところがない正しい形の背骨を持ったそういう女の子だ。細くて長く少し後ろに反った綺麗な指を持ち、耳にはわたしが選んであげた銀の小さなピアスを通している、そういう女の子だ。わたしはぱぴ子のそれらの部分に関して、とてもとても、堪らないほど、愛しく思っている。そしてぱぴ子の、他の部分は要らない。

 ぱぴ子は代わりなのだ。代わりの女の子なのだ。それも他でもない、あなたの代わりなのだ。居なくなってしまった、手の届かない遠くへ行ってしまった、あなたの代わりなのだ。あなたを失ってからというものわたしは多くの、本当に多くの女の子をあなたの代わりにしようと試み、そしてその中でもいちばんあなたに近かった女の子が、ぱぴ子だったのだ。オリジナルのあなたには勿論遠く及びもしないのだが、わたしはぱぴ子の、あなたに通じる部分を、とてもとても、たまらないほど、愛しく思っている。他の部分は要らない。

 あなたは呆れるだろう。清く正しいあなたの性格なら、きっとわたしを愚かと思うだろう。代わりを探してそれを愛でるだなんて、そんな馬鹿なことは今すぐやめにすべきと、わたしを叱るだろう。だけど仕方がないのだ。もしもあなたが今でも世界のどこかに、わたしの努力やお金や巡り合わせによって、たった零コンマ零零零数パーセントでも手の届く可能性のある場所に居るっていうのならば、わたしは他の何にもきっと見向きもせず、愚かなまでに一心不乱にあなたを目指すだろう。あなたが他の誰かと居るというならどんな手段を用いてだってあなたを奪うだろう。だけれどもう、あなたはいないのだ。わたしの愚行を間違いなのだというなら、今すぐわたしの前に出てきて、ひとこと「やめろ」とあなたの声で言ってくれればいいのだ。ほら、できないでしょう。

 ぱぴ子が家出をした。ある日わたしがいつものように、ぱぴ子に与えた真っ赤な屋根の家を訪ねた時、だけれどそこにぱぴ子の姿はなかった。居間も客間も浴室も、家の中はどこもかしこも綺麗にに片付けられており埃のひとつもなかったのだけどぱぴ子の姿はなかった。ただひとつ、寝室の床に敷かれた金糸の絨毯の上には、わたしが選んで彼女の耳に通していた、あなたがかつて付けていたのと同じデザインの銀の小さなピアスが一対、靴の底とかで何度も何度も踏みつけられたように壊れて落ちていた。ぱぴ子が家出をした。どこかへ行ってしまった。

 空は暗く、雨が降り始めた。けれども構わずわたしは表に出てぱぴ子のことを探した。まだそんなには遠くに居ないはずだと、血眼になってぱぴ子のことを探した。ぱぴ子がもしも帰らなかったら、とても怖いと思った。怖い。アア、わたしはきっと酷く情けなくなってしまった。大事なあなたを失くして空いた、大きな大きな穴を埋めるために、補うために、あなたの代わりするための多くのものを必死の思いでをかき集めて得てきたというのに。だけれど穴は一向に埋まることなどなかった。それどころか、新たなものを得れば得るほど、また失うのを怖くて仕方がなくなる。あなたのようにぱぴ子が居なくなるのを、あなたのようでなくとも、ぱぴ子が居なくなるのを、アア、アア、もう。どうしようもなくわたしは怖いと思う。

 ぱぴ子は立っていた。走りつかれてへとへとになり、雨を吸い、ずぶ濡れになったわたしのすぐ目の前に、どこかその辺で買ったのだろう、見るからに安い透明な傘をさしてぱぴ子は立っていた。わたしは安心して、その場ですとんと腰を落としてしまって、再び立つのもしばらくできないままずいぶん長く泣いた。赤子のように声を張り上げ、なんだかもう、わけが分からなくなるまで、ワーワー、ワーワー泣いた。ぱぴ子の足元に跪き、泥だらけになり、雨が止むまで泣いた。ぱぴ子は傘を閉じ、満足そうな笑顔でわたしのことを見おろし、そしてそれからわたしの頭を撫でた。




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