橋の途中にて


 部屋にはテレビの明かりが点っている。画面の中では極彩色のスタジオで十人余りの男女がお喋りをしている。いずれも最近よく見かける女優や芸人たちだ。私は普段の仕事の中で自分の気分にかかわらず笑顔でいなければいけない。彼らも同じなのかもしれないと想像するとあまり番組を楽しむことは出来なかった。とはいえ部屋の中に動くものや喋るものがないと、それはそれで不安な気分になるから電源は切らない。携帯電話が短く振動したので確かめてみると二時間前までこの部屋にいた男からメッセージが届いていた。あまりセックスが上手な男ではなかったのでもういちど家に上げることは恐らくないだろう。
 タンスの上に飾ってあるサボテンの小鉢に私は水を与えた。コップに入れた水をティースプーンで一杯だけ掬って土に染み込ませた。このサボテンは私がひとり暮らしを始めた時から数えて十二個目の鉢だ。以前のものはみんな枯らしてしまった。サボテンは植物の中でも世話をするのが容易な部類だといわれているのだけど、それでも私は毎回すぐに枯らしてしまうのだ。にもかかわらず懲りずにサボテンを家に置いているのは、静かに死ぬからだ。生と死との境界線を主張しないので、気づくと死んでいる。だから犬や猫や、他の植物と比べて、死なせた時の喪失感や罪悪感が割りと少なく済む。それでいて生きているあいだは、私の寂しさを幾らか埋めてくれる。
 日付が変わる頃に私は化粧を始めた。下地を作ってからきついアイシャドウを塗り睫毛を思い切り長くして最後に強い赤色の口紅を引いた。黒いワンピースに着替えてカーディガンを羽織った。ヒールが高いパンプスを履いて玄関の外に出ると音を立てないように階段を降った。少し前まで雨が降っていたからマンションの外の空気は湿っていた。コンクリートの濡れた匂いだけがした。夜空を覆う重たい雲が都会の灯りに照らされて鈍く光っている。百メートルほど先にコンビニの明かりが見えるのでそこを目指して歩いた。お酒と煙草をコンビニで買うと私は家に戻った。煙草を一本吸ってから睡眠薬をパッケージから出してお酒で流し込む。施したばかりの化粧を落としてからベッドに倒れ込んだ。このまま目覚めず死んでしまえばいいな。近頃は夜が来る度にそういうふうに思う。

 私が生まれ育った街は国道沿いの小さな街だった。学校もスーパーもコンビニも図書館もレンタルビデオ店も国道沿いにあったのでどこに出かける時も同じ景色を目にした。街のひとたちは私のことをみんな知っていたしみんなのことを私も知っていた。国道には車が多く行き来していたが道一本中に入ると田圃や畑や古い住宅ばかりが並んでいた。国道沿いにずっと歩くと大きな橋があったが、子どもだけでこの橋の向こう側に行ってはいけないと大人たちから強く言われていた。だから小学校を卒業する頃になると、私は橋より手前のことなら何でも知っていたが、向こう側のことは何も知らなかった。
 思春期を迎えるとあの橋の向こう側に行きたいと思うことが増えた。狭い街から出て、この場所にはないものが何もかもある都会で暮らしてみたいと考えるようになった。そう考えるのは決まって何かつらいことがあった時だった。教室の中での人間関係に疲れてしまった時。父と激しく言い争いをした時。はじめて恋をした先輩にふられてしまった時。私は決まってあの橋の手前に立ち、時には涙を流しながら、向こう側の世界へと思い焦がれていた。あの頃の私は死にたいなんて考えたこともなかった。橋の向こう側に行きさえすればすべてが上手くいくと信じていたからだ。

 携帯電話のアラームの音で私は目を覚ました。このアラームは毎朝八時に私を起こすよう設定されている。このまま死ねたら良いのにななんてぼんやり思いながら眠りについたのに、自分で設定したアラームの音で起こされるなんて笑い話のようだ。窓の外から声が聞こえる。登校中の中学生の喋り声だろうか。カーテンの隙間から差し込んでくる細い日差しが顔に触れていた。昨晩眠る前にお酒と睡眠薬を一緒に飲んだせいか頭が少し痛い。身体を起こしてふとタンスの上を見るとサボテンが小さく赤い花を咲かせていた。この部屋のサボテンが花を咲かせるのはこれが初めてだった。なのでもう少し生きていける気がした。








コメント

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です