くらげは今日もつめたいところで眠る


 窓ガラス越しに雨の音が聞こえる。予報によると朝が来るまで降り続くのだという。彼はベッドの上で僕の身体を組み敷いて服を脱がそうとしてきた。彼の身体からは風呂上がりに塗っていたボディクリームの甘い匂いがした。彼は小さく痩せた体躯をしており丁寧に手入れされた長い黒髪はとても艷やかだ。腕や脚などの肌は肌理が細かく瑞々しくて少しの傷もない。大きな両目と長い睫毛を持ち、首とか方とか腰もほっそりとしている。非常に女性的で、彼の身体に僕と同じような男性の機能が備わっているだなんて未だに信じられない。にもかかわらず、馬乗りになって僕を征しようとする白くて細い腕には、僕が幾らかの危機感を覚えるほど、強い力があった。

 くらげのことを知っているだろうか。海の底からやって来た者のことをヒトはくらげと呼ぶ。ヒトが母親の子宮から生まれてくるようにくらげは海を漂う泡の中からこの世に生を受ける。くらげはヒトと同じ見た目をしており身体の構造にもまったく違いはない。食べるものも喋る言葉もヒトと同じだしヒトとの間に子どもを設けることさえも可能だ。だけれど何故か多くのヒトはくらげを迫害する。くらげはヒトの社会の中に上手く溶け込んで生きていると考えられているが、万一発見された場合には研究施設に送られ、残りの一生を実験台や研究材料として過ごすことになるのだ。そうしたくらげの扱いに対して、殆どのヒトは微かな疑問さえも抱くことがない。

 覆い被さってくる彼をなんとか押し退けて上半身を起こすと、彼が目元に涙を浮かべていることに気付いたので、僕は目を逸らした。お前にとってセックスってなんなの? ベッドを下りながら僕が質問すると、彼は数秒ほど悩んでから、「許してもらうこと」と、性別を感じさせない声変わり前のような声で以って答えた。
「はじめてひとを好きになったのは中学生の時。相手は当時のクラスメートだった。もちろん男の子。だけど本人にそれを伝えたら気持ち悪いって言われて、クラスのみんなが見ている間で土下座をさせられたんだ。あの時から、自分が誰かを好きになるのはとても悪いことで、いつか誰かに好意を受け入れてもらえる時が来るまで、許されることはないんだろうなと思ってしまっている」

 自分がくらげであることを隠して生きるのは僕にとってそれほど難しいことではなかった。海の底から生まれてきたというところだけが違っていて、それ以外の部分はヒトとまったく同じなのだから、自分の口から明かさない限りはばれることもないのだ。僕を施設から貰ってくれた育ての親だとか、これまで出会った友人、かつての恋人たちに対してさえ隠し通してきたし、これから先も僕はそうやって生きていけるだろう。
 だけれど僕はいつもどこかで酷く恐れている。もしも本当のことを打ち明けたら、みんなは僕にどういう反応を返してくるだろうか。僕がくらげだということを知っても、これまでと変わらず傍に居てくれるひとが果たしているだろうか。過去に幾度と無くそういう想像を繰り返して、その度に気持を深く沈めてきた。
 
 彼はいつの間にかベッドで眠っていた。僕はその髪をそっと撫でてみた。僕がくらげだと知ったら、この小柄な友人は一体どういう顔を見せるだろうか。彼ならばもしかすると、僕がくらげであるという事実も、それを隠して生きてきたことも、すべて知った上で許してくれるのではないだろうか。そんなような気がしないわけでもない。だけど一方で、僕が彼のセックスを受け入れられなかったのと同じように、彼も少しの罪悪感を伴いながら僕を通報して、研究施設に送ってしまうような気もする。だから結局、僕は今回も打ち明けない方を選んでいくのだろう。雨の音が幾らか強くなってきた。



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