白い白い金属

 電車を降り、無人の改札を通った。稲刈りが済み乾いた田園の間を縫う長いあぜ道を歩き、家へと向かう途中に、雪が降り始めた。長いこと都会に住みこの場所を離れていたから、すっかり忘れて意識の外にあったが、そうだここでは毎年雪が降るのだ。この冬はじめの雪。私がここに戻ってきてから、これが最初の雪だ。寒くて長い冬が来るのだろう。私は立ち止り、ピアスの多く空いた開いた両耳をそれぞれの手で押えて、少し温めた。それからバッグの中をまさぐり、煙草を取り出して火を点け、ルージュを塗られた唇に軽く銜えた。煙を空に、ふぅっと静かに吐いた。螺旋を描いて登っていった煙は、やがてぼんやり雪と混じって消えた。

 もう何年も前。私がこの場所を捨てて都会に行くより前。私の身体にピアスの穴が開いたり、刺青の数が増えたりしていく過程を見て、父はときどき私に、痛くないのか?とだけ尋ねた。この場所の傍にある小さな町工場に長年勤める父は、私がまだ幼かった頃に私の母と別れた。それからというもの男手ひとつで私を育てたのだけど、私は酷く父を嫌っていた。私は自分の母について詳しいことをほとんど覚えていない。父に訊いてもほとんど教えてくれることがなかったので私は、自分に母が居ないのは父が悪いせいだと、どこかで思うようになり父を嫌っていた。父はときどき私に、痛くないのか?とだけ尋ねた。あんたには分からないだろうな。と、私は父に答えた。

 絵を描くという行為が私は苦手だった。保育園とか小学校で絵を描かされることも私は苦痛に感じた。まっさらな白い紙にいちど何かを描いてしまったらもう二度と元の白紙に戻すことができないからだ。クレヨンやボールペンはもちろん、鉛筆やシャープペンで描いたものを消しゴムで消しても、元通りには戻らず、うっすらとみっともない痕が残ってしまう。それでも一生懸命消そうとすればするほど、紙がよれたり掠れたりしておかしくなっていくのだ。周りの皆は誰もが少なくとも、私よりかは上手に描いているように見えた。私はいつも自分の描いた下手くその絵を一生懸命消すことにばかり時間を費やした。皆の手元には出来上がりの絵が残って、私の手元にはぼろぼろになった汚い画用紙が残るばかりだった。絵を描くという行為が私は苦手だった。

 降り始めた雪はあっという間に勢いを増して私の視界を白く覆い尽くした。この様子では恐らく、明日の朝まで止まずに降り続くだろう。ひんやりとした冷たい地面に、私は仰向けに寝転んで大きく両腕を広げた。雪の白い色は好きだな、と私は考えた。綺麗なものでも、どんなに醜いものでも、冬の間だけだが、まるではじめから何も描かれていなかったかのようなまっさらな白色に塗り潰してくれるからだ。雪は降り続けて、地面の上で仰向けになった私の身体にも等しく積もっていく。そして私は目を閉じ、例えばこのまま眠ってしまうことが出来たら、自分はふたたび目を覚ますのだろうかと、そんな想像をしながら穏やかな気分になり、音を立てずに笑った。
 おい。と、その時、よく知る声が聞こえた。
 風邪を引くぞ。と、父は私に言った。

                            








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