好きが飽和する

 宇宙船の設計士になりたいというのが子どもの頃から抱きつづけた僕の夢だった。当時は宇宙船といったら、仰々しい打ち上げ台を必要とする巨大なスペースシャトルぐらいで乗り込めるのも専門的な厳しい訓練を経た宇宙飛行士でなければいけないような時代だったから、今のようにこうして、月や火星にもヒトが住み四人乗りとか五人乗りの小さい宇宙船がお手頃価格で一般家庭に普及するなんてほとんどのひとは思いもしなかった。大人になった僕は実際に夢を叶えて宇宙船の設計士になり今も新しいタイプの宇宙船の開発を手掛けたりなんかしている。働き甲斐は凄くあるし文句なしに楽しいのだけど、明日仕事に出かけることを考えると、何でだかすごく憂鬱な気分になる。

 夜、家の外に出るとちょうど綺麗な満月だったから僕はバイクに跨って出掛けた。一時間ほど知らない道を出鱈目に走ると、背の高いススキが一面に生い茂る金色の原っぱを見つけそこでバイクを降りた。原っぱの真ん中には銀色の丸っこい宇宙船が一台停まっておりその傍には体格の良い白いウサギがひとり佇んで煙草を吸いながら空を見上げていた。こんばんは、と声を掛けて尋ねたところウサギはあの宇宙船に乗って月から来たらしい。そのまま住居にもなるタイプの宇宙船なので船内で生活しているのだとか。ご家族は?と僕が訊くと、月に居ますが今はひとり暮らしですよと答えた。

 月はどんなところですかと僕はウサギに尋ねた。僕は宇宙船の設計士をしているけど自分では一度も宇宙に行ったことがないのだ。そうですねえ良いところですよ私は大好きですと、ウサギは少し欠けている前歯をこちらに見せて笑った。いちばん綺麗なのは月から見た地球ですかねえ。月からでなければ、アレは見えませんよう。あと食べ物の方ですけど、むかし散々言われていた頃に比べたらだいぶ美味しくなりましたよう。お団子とか目玉焼きとか、ちょっと名物なんです。それでも地球で食べた方がやっぱり良いですけどねえ。と、歯の隙間から煙を吐き出して続けた。

 地球に来てからどれくらいになるのかと訊くとだいたい二年ぐらいだと答えた。駅の近くの大きいドラッグストアで働いているのだという。ウサギだとこっちで仕事するのは大変じゃないですかと訊いたら、一昔前は色々ありましたが、地球で暮らすウサギもずいぶん増えましたし、今はそんなでもないですよう。と答えた。月には帰らないんですか。と尋ねた。ええ、まだしばらくは。と、次の煙草にウサギは火を点ける。月は好きなんでしょう? 帰ったら嫌いになってしまうような気がするんですけどそういうことってたまにありませんか? たまにありますね。と、僕は苦笑をした。

 満月の夜に、背の高いススキが一面に生い茂る金色の原っぱで僕はウサギと話した。大柄で前歯が少し欠け、煙草を吸う白いウサギだった。辺りではひっきりなしに鈴虫とかが鳴いていて気が付いたらもう夜明けが近い時間だ。では、そろそろ帰りますねと言い僕は立ち上がった。明日はお仕事ですか?と訊かれたので、ええ、朝から。と頷く。もしよければまた来てくださいね。と言われた。はい是非とも。僕はバイクに跨りエンジンをかけて家の方角へと走った。誰かの宇宙船が僕と満月のあいだをスゥっと通り過ぎていき流れ星みたいだと思った。








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