壊れた玩具と無限の彼方


 
 私は想像する。幼い頃のこのひとは一体どんな子どもだったのだろうと。どんな玩具でどういうふうに遊ぶ子だったのだろうと。きっと悪と戦うロボットをモチーフにした玩具や、正義の味方を模した玩具を好んでいただろう。そしてそれらを、悪人の役を与えられた別の玩具にぶつけ、時には乱暴に投げたり叩きつけたりなどしながら、激しい戦いを再現しただろう。同梱された説明書などもちろん読みやしない。目の前の玩具にどんな機能があるのか、どんな仕掛けが隠されているのかを文字通り手探りしながら弄り回し、時には本来曲がらない方向にだってちからを加えただろう。そうして遊ぶ中で、可動部分が割れてしまうことや、角や爪といった細い部分を壊してしまうことも、きっとあっただろう。
 
 私の父は玩具の蒐集家だった。世界中の珍しい玩具をコレクションしていた。集められた玩具たちはぶ厚い透明のケースにいれられて専用の部屋に保管されていた。その部屋の扉は常に施錠されており父の持っている鍵でしか開くことがなかった。幼い私や蒐集家仲間をその部屋に招いて、飾られた玩具をうっとりと眺めるのが父の楽しみだった。それほどの熱意を込めて蒐集しただけあり、父のコレクションは魅力的だった。勇敢なヒーローをかたどったフィギュアや、今にも空に飛び立ちそうな飛行機の模型模型、きらびやかな洋服を身にまとった着せかえ人形もたくさん揃っていた。だけど父はそれらの玩具に私が触れることを決して許さなかった。子どもの私が不用意に触って、万が一傷ついたり汚れたりなどしたら、玩具の価値が損なわれてしまうと父は言っていた。
 
 父は玩具をとても大切にしていた。だが私のこともそれと同じぐらい愛していたと思う。なぜなら父は私のことを、ぶ厚い透明なケースにいれた玩具と同じように取り扱ったからだ。目にする本の一冊一冊や付き合う友人のひとりひとりにさえ厳しいチェックが入った。身体に悪い添加物が入っているからという理由でお菓子の類は買ってくれなかった。小学校には毎日必ず車で迎えに来た。自分の娘が決して傷ついたり汚れたりしないよういつも細心の注意を払っていた。傷つけばそれだけ価値が減ってしまうのだと信じているようだった。
 
 同い年の恋人が隣で眠っている。私も彼も服を着ていない。彼の背中に掌で触れてみると先程あんなにかいていた汗はすっかり乾いておりひんやりとしていた。彼は胎児のように体を丸めて規則正しい寝息を立てている。他に聞こえる音といえば冷房の稼働音ぐらいだ。カーテンの隙間から月の光が差し込んでおり部屋は仄かに明るい。音を立てないよう気をつけながら私は起き上がった。全身鏡の前に立ち自分の身体を眺めた。私の首や手首や太腿には彼の指の跡がうっすらと残っている。噛まれた腕は薄紫のあざになっている。かき回された下腹部の奥にも微かな痛みがある。
 
 私は想像する。眠っている恋人の姿を眺めながら私は思い描く。幼い頃のこのひとは一体どんな子どもだったのだろうと。どんな玩具でどういうふうに遊ぶ子だったのだろうと。きっとヒーローやロボットなどの強そうな玩具を好んでいただろう。だが一方でさぞかし手荒な遊び方をする子だっただろう。時には砂場に埋めたり、水に沈めたり、アスファルトの上に落としてしまうことだってあったかもしれない。こんな遊び方はどうだろうか、あんな遊び方も楽しいかもしれない、そんなふうに試行錯誤をしながら、玩具の耐久性など気することもなく、好奇心のままに弄り回しただろう。だからこのひとのもとにやってきた玩具は、傷や汚れや欠損が絶えなかっただろう。けれどどんなに傷ついた玩具も、汚れてしまった玩具も、このひとはきっと愛し続けただろう。
 

 

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