音なく登る泉

 浴室のシャワーヘッドから流れ出す無色透明の水は決して自身の意思を持つことなくあらゆる形に変容しながらわたしの肌の表面を伝いボディソープの泡をさらいながら足元へと流れていき仕事の多忙さを理由に何週間も掃除をさぼったせいで詰まり気味になっている排水口に達すると髪の毛とか石鹸カスなどと混じり合ってぐるぐる渦を巻く醜い汚水となった。水は雨のような音とともにとめどなく流れ続けては汚水に変わっていきわたしは心の内で誰に向けるでもなく問う。なぜこの水がこんな汚水に身をやつさなければならなかったのか分かるか? 答えは明らかだ。何も選ばず流されるままでいたものはかならず汚れていくということをわたしは知っている。
 
 わたしは何も自分で選べない。誰かに代わりに決めてもらわなければ何も選べない。今日も終電で帰宅した六畳ほどの自宅にだってわたしが自分で選んだものがほとんど存在せずクローゼットの中には量販店の店員から勧められるがままに購入した衣類ばかりが詰め込まれており気に入っている服なんか一着たりともない。二年勤めている今の職場にしても卒業した大学のキャリアカウンセラーに手取り足取り指導された通りの就職をこなした結果入社しただけに過ぎず辞めたいと考えるほど嫌いではないけどやり甲斐や情熱を感じるほど好きなわけでもない。とはいえそもそも自分で決めないのだからわたしが抱く嫌いとか好きとかにはあんまり意味がないのだ。

 売り場に並んだ幾多の物々の中からひとつを選んで手に取るときの判断基準として好きとか嫌いとかを用いることのできるひとたちとわたしは大きく違う。彼らはきっと書店で本を手に取るたびに「そういう低俗なものを読むのはよしなさい」と手を叩かれたりしなかっただろうし洋服売り場で気になる服を指差すたびに「やめなさい恥ずかしい」と言われることもなかったのだと思う。将来の夢とか進路の希望を口にするたびに「できるわけないでしょう」と嗤われることもおそらくなかったはずだ。自分の好き嫌いでものごとを選べば次の瞬間それは否定されるのだとわたしは身体と心に繰り返し繰り返し経験で覚え込まされてきた。そうしてあるとき一本の糸が何十回何百回と拗じられ続けた結果プツンと切れるように「何かを好きでいること」と「何かを選ぶこと」との関連性はわたしの中ではっきり断ち切られた。それからというものわたしは自分で何も選ぶことができない。
 
 公園に植えられた樹木の周りには様々な鳥や虫や獣や人間がやって来て好き勝手に過ごす。日差しを避けて木陰で休んだりひんやりとした外皮に身を寄せたり花や果実をついばんだり蹴飛ばして八つ当たりをしたり枝を折ったり夕立が止むまでの雨宿りをしたり樹液を舐めたり伐採したりする。そこに樹木自身の意思は一切介在しない。だからわたしは樹木によく似た人間だと思う。大学生になってもわたしに特定の恋人ができることはなかったが傍には常に何人かの男たちが存在していた。彼らはどこからともなくふらっと近づいてきてはわたしの身体を気まぐれに舐めたり抱いたり齧ったりしていく。かと思えばいつのまにかまたふらふらと離れていく。そんなわたしの在り方に対し「遊ばれている」「消費されている」などと苦言を呈してくれるひとも時々現れた。だが誰のことも選ばずに何も自分で決めることなく他者と交われるこの在り方はわたしにとって楽でもあったのだった。

「子どもの頃に公園で折れた木の枝を一本拾ったんだ」と先週末にひとりの男がラブホテルのベッドの上で言った。「紫色の花を咲かせたまま落ちていたから家に持ち帰った。すこし水を入れた花瓶に挿して自分の部屋の窓際に飾ったのだが花が枯れるまで置いたら捨てるつもりだった。でも数日後に花が枯れた時の様子を見て捨てることを思いとどまった。枝の折れ目の部分から白くて細い根っこが生えていたからだ。弱々しい幾筋かの根っこで水を吸い上げて何とかして生き延びてやろうという意思を感じたので庭の土を少し掘って植えてやった。あれから何年も経ちあの枝はいま僕の背丈と同じぐらいの高さにまで育った。僕は今日その木の枝を一本折ってここに持ってきた。木の枝なんかをもらったところで困るかも知れないけど僕はあなたにこれを渡したいと思った」

 今日も終電で帰宅した六畳ほどの自宅にはわたしが自分で選んだものがほとんど存在せず家具も家電も食器も量販店の店員から勧められるがままに購入したものばかりだ。けれど白いテーブルの上に置かれている木の枝を挿した青い花瓶だけは先日わたしが自分で選んで購入した。駅前の小さな雑貨店にひとりで入店してから会計するまでに三十分以上の時間を要したが自分ひとりで好きだと思うデザインのものを選んで買ったのだ。酷く疲れる買い物だったがこういうことを何度か繰り返せば私の指からも弱くて細い確かな根っこがいつか伸びるだろうか。花瓶に注がれた水は音も立てずに枝の内部を登りやがて先端に達する。春になれば紫色の花を咲かすという。

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