ウルトラスーパー猫会議

「おはよう」

「おはよう」

「今日は良い天気だな」

「良い天気なもんか。寒いよ」

「にゃー」

「おお、おはよう」

「今日はみんな早いな」

「今日は良い天気だ」

「にゃー」

「おれはリア充になりたい」

「なあお前もう知ってる?三丁目のタマオのこと」

「タマオ?あの白い毛のやつだろ。最近見かけないけど」

「にゃんにゃん」

「腹減った」

「そうそうあの白い毛のやつだよ。三丁目のタマオ」

「おはよう」

「で、タマオがどうしたって?」

「最近見かけないけどさあ噂で、聞いたんだけど」

「ああ知ってる。タマオのやつ、飼い猫になったんだって」

「にゃー」

「今日は寒いなあ」

「おれはリア充になりたい」

「そっか飼い猫かぁ…。まぁ確かにあいつ、人間の機嫌とるの上手かったからなあ」

「っていうか、もともと人間に好かれるタイプなんだよ。色といい形と顔といいさ」

「白くて、ちっこくって、細くってなあ。痩せてるから目なんかも普通より大きく見えてな」

「にゃん。人間って、あんなのが好みなのねん。私だったら、タマオなんて絶対にごめんよ」

「そうよ。あんな弱々しくって、人間に貰ったエサばかり食べて。自分じゃ狩りひとつできない猫」

「まぁ、そう言うなよ」

「ああ。どんなやつだろうといなくなった奴を悪く言うのは良くない。それはフェアじゃないんだ。いなくなった奴は反論できないんだからな」

「おれはリア充になりたい」

「おはよう」

「もうお昼だよ」

「でも、難しいな。人間に好かれるのと、メス猫に好かれるのって、どっちが得なんだろうな」

「おれはリア充になりたい」

「そりゃあメス猫だろう。メス猫に好かれるオスは大抵、強い。そして強い奴は人間になんか頼らずに自分で狩りをして生きていける。メス猫に好かれる奴の方が絶対、得さ」

「カツオブシって一回食べてみたいなぁ」

「そうかな?でも俺聞いたことあるよ。人間に飼われてると、食べるのも寝るのも全然不自由しないし、冬でも暖かいんだ。それに運がよければ、結婚相手を人間が用意してくれることもあるって。それも“血統書”ってやつのついた、由緒正しい綺麗なお嫁さんを」

「“血統書”なんだそりゃあ。おれは興味ねえな」

「とにかくタマオは飼い猫になったんだな」

「おれはリア充になりたい!」

「さっきからうるさいよお前は」

「だけどおれは!リア充に!なりたいんだ!」

「はいはい。にゃあ。分かったから」

「カツオブシ食べたことあるわよ。わたし。美味しいけど薄っぺらくて。ご飯っていうよりおやつね。あれは」

「にゃあ」

「今日は良い天気だな」

「タマオってさあ。タマオが貰われた家って。あそこだろ。五丁目の田村って家」

「田村って。ああ、あそこか。男の親と女の親とそれから、男の子どもがふたりいる家かあ」

「なんだ。近所じゃないか」

「カツオブシなんかそんなもんよ」

「カツオブシに対する幻想が打ち砕かれた気分だ」

「まじかよ近所なのか。じゃあおれ、今からちょっと行って覗いてくる」

「おれもおれも」

「おいおいそんなに大勢で行くのか」

「リア充!爆発しろ!」

「ほいじゃあ、行ってくるわ」

「おう。気を付けろよ」

「行ってらっしゃい」

「おはよう」

「今日は遅かったな。もうお昼だぜえ」

「ほいほい。ところで今、出て行った子らは?」

「ああ。あいつらは今、タマオの様子を見に出かけたんだ」

「カツオブシの夢が…」

「理想なんてそんなもんよ。現実を薄めてぼやかして広げただけのものよ」

「タマオか。先月、飼い猫になったんだってなあ」

「知ってるのか。さすが」

「おれはリア充になりたい」

「寒いなあこの北風なんとかなれよ。まったく」

「今日もおみげをもってきたよ」

「なあに?このきつね色のかたまり」

「これはねえ。人間の食べ物で、カツオブシっていうやつだよ」

「うそ?ええでもこれ、わたしの知ってるカツオブシと違うわ」

「ほほう、なるほど。君が食べたのはもっと薄くて細かい、スライスしたタイプのやつだね?」

「うん。もっとこう、ちゃっちいおやつみたいな」

「うむ。確かにそういうタイプのカツオブシもある。だけどこのかたまりはその、スライスをする前の状態のカツオブシだ。美味いし、腹いっぱいになるぞ」

「カツオブシ!これこそ!ボクの理想の!」

「おお。そういえばお前は昔からカツオブシを食いたがっていたなあ。よし決めた。これはお前にやろう」

「カツオブシ!ああ!夢みたいだ!んん、ガブリ!んん!デリシャス!エクセレント!これこそまさにボクの求めてたカツオブシだ!いや理想以上だ!」

「あいつら、そろそろタマオに会えてる頃かなあ」

「そうだな。それくらいの時間だ」

「おれはリア充になりたい!」

「実際のところ、飼い猫ってどうなんだろうな」

「飼い猫、ね。まあ、楽っちゃ楽だろうね」

「ええ。実際に楽よ。基本的には食って寝て遊んで、たまーに人間の相手でもしてあげれば、それで」

「にゃんにゃー」

「おれはリア充になりたい」

「それなりに楽しい玩具も買ってくれるし、それなりに良い結婚相手も人間に見つけて来てもらえたりもする。確かにその通りよ。確かに、その通りよ」

「いやに詳しいじゃないか」

「ええ。だって私、昔飼い猫だったんだもの」

「マジかよ」

「初耳だな」

「リア充なにそれ美味しいの」

「お前は黙ってろよ」

「にゃー」

「私は飼い猫だったの」

「今はもう飼い猫じゃないよな」

「ええ。飼い猫は、私、自分から辞めたわ」

「どうして」

「辛いことがあったの」

「どんな」

「にゃおーん。ぐるぐる」

「辛いことがあったの。三年ぐらい前よ」

「そういえばあんたがここに来るようになった頃だな。三年ぐらい前か」

「カツオブシ美味しい!カツオブシ!ぶしっ!ぶしっ!」

「カツオブシ美味しい?」

「カツオブシ美味しい!」

「リア充とどっちが美味しい?にゃん」

「三年ぐらい前ね。人間の家で、私、子どもを産んだの」

「うん」

「子どもは五匹産まれて。とても苦しかったけれど、ああこれで、私も母親なんだなって、そう思って」

「うん」

「だけどそのあとすぐ、人間はまだ目も開かない子どもたちを、私から取りあげたわ。うちじゃあ育てられないからどこか貰い手を探して、見つからなければ“ショブン”してしまいましょうって」

「“ショブン”?“ショブン”ってなんだ?」

「私も詳しくは知らない。だけど人間の世界で、“ショブン”っていうのがとても恐ろしいことだっていうのだけは分かった。結局私の子どもたちは貰い手を見つけて貰うことができずに、五匹ともみんな連れていかれてしまって“ショブン”されてしまった」

「そう、か…」

「子どもたちが“ショブン”された夜に、だから私はひとりで、人間の家を飛び出してここに来たの。もう二度と人間の世界になんか戻りたくない。どんなに恵まれても、どんなに楽をできても、自分で産んだ子どもを育てられないなんてそんなの絶対、絶対間違ってる」

「リア充。リア充ってなんだろう。なんだろう。なんなんだろう」

「今日はとても寒いな」

「ええ。とても寒いわ。今日も」

「にゃー」

「にゃんにゃん」

「リア充…一体何なんだ。リア充。リア充。リア充?」

「お、タマオに会いに行った連中が戻って来た」

「ただいま」

「にゃー」

「カツオブシ、ごちそうさま!」

「タマオ、どうだった?」

「ああ。相変わらず白くて、なよなよした奴だったよ」

「だから悪口は言うなって言ったろ」

「だけど少し太ったかな。人間の食べ物は栄養があるんだって」

「カツオブシ、もうない。カツオブシもっと食べたい。カツオブシ!カツオブシ!」

「すまんな。カツオブシは貴重だから、なかなか手に入らんのだ。我慢してくれ」

「それでもおれはリア充になりたい!」

「カツオブシがない?嫌だ!カツオブシの味を知ってしまったボクは、もうカツオブシがなきゃ生きていけない!カツオブシを食べれないボクはなんて不幸なんだ!」

「タマオはさ。だけど相変わらず白くて。暖かい部屋の中でさ。ごろごろして、すげー幸せそうな顔でさ」

「カツオブシ!ない!カツオブシ!ボクは狂ってしまう!」

「今日はとても寒いわ」

「にゃんにゃん」

「ああ。タマオは、すげー幸せそうでさ。相変わらず白くて。白い絨毯の上で、ぬくぬく丸くなってさ」

「おれはリア充になりたい!」

「タマオは、自分は飼い猫になって良かったって。そんなふうに言ってた。人間と一緒に幸せになるんだって。今が幸せだって。言ってた」

「そっか」

「今日はとても寒いわ」

「カツオブシ!」

「にゃー」

「もうお昼過ぎだよ」

「おはよう」

「タマオは、幸せになったよ」

「そうか」

「とても寒いわ」

「ああ、とどのつまり、さ」

「にゃおん。にゃおん」

「とどのつまり俺たちはさ。どこにいても不幸になっちまうし、幸せにもなるんだ」

「ええ」

「にゃんにゃん」

「そうね」

「にゃー」

「おはよう」

「もうお昼過ぎだよ」

「おやすみ」

「にゃー」

「おれはリア充になりたい!」

「そうだな。俺も、なってみたいな」

「私も」

 

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