セミの声が まだ少しだけ聞こえる
九月の 半ばの お昼休みの時間に
ぼくは金網のフェンスを 乗り越えて学校を抜け出す
「こら なにやってるんだ!」と 後ろから怒鳴る声が聞こえた
僕は振り切って逃げだす
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あいつらに殴られた顔や目の周りや
蹴飛ばされた太腿がずきずきと痛む
痛みを堪えながら 学校の裏山をひとりで駆け登っていく
昼休みの終わりを告げるチャイムが 背後から聞こえる
だけどあの教室の中に ぼくはもう 戻りたくはなかった
ひとりで裏山を駆け上がっていく
大勢で取り囲んで ぼくのことを順番に殴ってった
楽しそうに殴り続けていた 毎日 毎日 ぼくのことを殴った
あいつらの笑顔を二度と見たくはない
あの教室の中に ぼくはもう戻りたくはなかった
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裏山のてっぺんまで走って
ぼくは へたり込むように腰を降ろした
山というのか 丘というのか そんなに全然 高くはないのだけど
学校の校庭や住宅街なんかよりは 涼しくて強い風が吹いてる
走ったから ぼくは汗ばんでいて
九月の半ばで セミの声が まだ 少しだけ聞こえる
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一羽の鳥を見つけた
裏山のてっぺんで ぼくは 一匹の白い 綺麗な鳥を見つけた
身体の高さが一メートルぐらいの とても大きな鳥だ
ここら辺では あまり見かけない種類だ
裏山のてっぺんで ぼくは 一匹の白い 大きな綺麗な鳥を見つけた
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ここら辺では あまり見かけない種類の鳥だけれど
この鳥について どういう鳥なのかということをぼくは少しだけ知ってる
もっと小さい頃に 図鑑で読んだから知ってる
この鳥は渡り鳥で
夏の暖かい間は 日本で過ごす鳥だ
冬が近づくと寒さを避けるために 南の島まで飛んでく
そういう鳥だ
クラスのあいつらから 逃げてやってきた 裏山のてっぺんで
一匹の白い 大きな綺麗な鳥を見つけた
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見たところ 鳥は怪我をしていた
真っ白な羽から 赤い血が流れていた
羽ばたいて飛ぼうとしたけど 上手くいかないみたいだった
ばさばさ 羽ばたこうとしながら 地面の上でもがいて 苦しそうにしていた
鳥なのに空を飛べないだなんて きっと悔しいだろうなというふうに ぼくは思った
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次の日
ぼくは学校をさぼった
ランドセルを背負って 行ってきますを言って家を出たけど 学校に行かなかった
あいつらのいるところになんか 二度と行きたくなかった
それより
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鳥は今日も昨日と同じように
痛んだ羽でばさばさ 地面でもがいて 苦しそうにしていた
羽根にできた傷から 流れていた血は止まったみたいだけど それでもとても痛そうなように見えた
ぼくは家からこっそり持ってきた消毒液を 鳥の羽に塗った
最初はひときわ 痛そうに暴れたけど
だけど消毒してあげれば 治りも早くなるなと思った
こいつの傷は だって 寒くなる前に治さなければいけない
こいつはここでは冬を越せないから
こいつは 寒くなるより前に 南の島まで 飛んで行かないといけないから
それからぼくは ランドセルの中から
これもこっそり持ってきたツナ缶を開けて 鳥の顔の前に置いた
こいつは今 飛べないから 食べるものにもきっと困ると思って
始めてみるツナ缶を鳥は 最初三十秒ぐらい 訝しがっていたけど
すぐに食べ始めた 食欲がすごくて ツナ缶の中身はすぐになくなってしまった
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ぼくはそれから 毎日 学校をさぼって
鳥の居る裏山に通った
家にあった色々な食べ物を持って行ったけれど
ツナ缶がいちばん好きで 野菜は逆に食べなかった
羽根の傷も 少しづつ癒えていっているように見えた
けれどまだ飛ぶことはできず だから自分で狩りをしてる様子もなく
ぼくが面倒を見なきゃ こいつは死んじゃうだろうなって思った
ぼくだけがこいつを 助けてあげられるんだって
そう考えると ちょっと嬉しくって 誇らしいと感じた
羽根の傷は 少しづつ癒えていっているように見えた
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鳥の傷が治ったときのことを ぼくは想像する
治ったらきっと 南へ 飛んで行ってしまうなと ぼくはそう思った
こいつは だって ここでは冬を越すことができないから
ずっと一緒に居られれば良いのに と 思った
思っちゃいけないのに ぼくは思ってしまった
南の国になんか 行かなければいいのに
思っちゃいけないのに ぼくは 思ってしまった
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九月が終わって 十月も終わった
十一月になった セミの声はもうすっかり聞こえなくて
裏山の木々たちの葉が 赤いや黄色に 少しすつ変わってきたのだった
ぼくは相変わらず 学校には行かずに
毎日 裏山に行って 鳥に会いに行った
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鳥の羽は もうすっかり良くなり
自由に空を飛び回ることが できるくらいになってた
自分で魚や 小動物なんかも 捕まえて食べれるぐらいになった
ぼくが裏山のてっぺんに姿を現すと
空の上から ふわりと 白い綺麗な羽を広げて 畳んで 降りた
自分で餌を捕れるようにはなったけれど
ぼくのあげるツナ缶はそれでも いつも喜んで食べる
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もう十一月
例えば 半袖で外を歩いたりするには ちょっと涼しすぎる
これからもっと どんどん 寒くなるんだろう
ぼくは少し不安で 心配な気持ちになる
そろそろ寒くなるのに こいつはまだ 南へ飛んでいく気配がない
こいつは だって ここでは冬を越すことができないから
ぼくは少し不安で 泣きたい気持ちになる
ずっと一緒に居たいと 思っているのだけど
飛んで行かないこいつを見て 泣いてしまいそうになって
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同じだ
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次の日
二か月ぶりぐらいだった ぼくは学校に行った
学校の教室に出掛けた
思っていた通りに あいつらがぼくを取り囲んだ
ぼくの脚や歯は がたがたに震えて
あいつらの中のひとりが ぼくの顔を殴った
次の奴が頭を掴んで
また次の奴が上履きのつま先で脇腹を蹴った
痛くて 怖くて
ぼくの身体中はがたがたに震えて
だけどぼくは
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ぼくの振り回した右手が
あいつらのうちのひとりに 当たった
ぼくの振り回した右手が あいつらのうちのひとりの
ちょうど鼻の辺りに当たった
鼻血が出て そいつは びっくりしていた
あいつらのうちの何人かは
それでびびって ぼくを殴るのをやめた
残りの何人かは それで怒って ぼくのことを もっと激しく殴った
ぼくはそれでも 両手を拳に握って ぶるん と 振り回した
あいつらに比べたらとても弱い力で
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振り回した手は ほとんどが空を切って
だけど何回か あいつらのうちの誰かに 当たった
ぜんぶ合わせて 四回か五回ぐらい当たった
そしてその十倍ぐらい ぼくは殴られたけれど
立ってられなくなるぐらいに 殴られたのだけれど
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ぜんぶ終わったあと
教室の床の上に大の字に倒れて
ぼくは笑ってしまった
ぼくははじめて あいつらのことを殴った
ぼくははじめて あいつらに 反撃した
あははって声をあげて ぼくは笑ってしまった
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学校が終わって
動かない脚とか 無理やり引きずりながら
ぼくは裏山を登った
あの白い 大きな鳥の姿は
もう どこにもなかった
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辺りを見渡しても
やっぱり
どこにも見当たらなかった
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やっぱり
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ぼくは南の空を見ながら
またね と 楽しい気持ちで言った