働きたくないよう。と、彼はわたしに甘えた声で言った。就職活動のために黒く染め直した私の髪の毛を、優しく丁寧に何度も撫でながら、仕事についてぶつくさ文句を言った。部屋の隅に置かれた古いラジオからは、ジャパネットタカタの賑やかなテーマソングが流れた。窓硝子の向こう側からは叩き付けるような夏の夕立の音が聞こえ続けている。彼の職業は死神。主な業務内容はひとを死なせることだ。そんなに嫌なら働かなければいいじゃない。と、わたしは彼に言ったが、そうはいかないんだ。と彼は肩を落とした。なんでも死神が仕事をしないと誰も死ななくなるから、そうなってしまうと全体的にみんなが困るらしい。彼の仕事の細かい部分について、わたしはあまり詳しく知らないけど、誰も死ななくなるのは確かに何となく困るような気がする。働きたくないよぅ。と、彼は私に言った。その首筋を私はぎうっと噛んだ。明日は月曜日だ。
夕立が上がると、お腹が空いたねとお互いに言い合い、何を食べるのかも決めないまま、わたしたちは手を繋いで家の外へ出かけた。外はまだ明るく、蝉がそこらじゅうでギィギィ鳴いてた。自動販売機で缶のジュースを一本買い、公園の木陰にあるベンチに腰を降ろした。雨上がりなのでベンチはまだ少し湿っていた。ジュースを開けて半分ずつ飲んだ。子ども二人がキャッチボールをしていた。一方の子どもはボールを投げながら将来はダルビッシュみたいな野球選手になるんだとはしゃいだ。夕ご飯どうしようか。わたしたちは少し相談した。しかし結局決まらないまま立ち上がって、再び歩き始めた。水たまりを踏んでしまうことのないよう、気を付けながら雨上がりの街を歩いた。途中に猫が居たので携帯電話で数枚写真を撮った。そうしている間に暗くなり始めた。結局近くの松屋に寄って安い豚丼を食べた。明日は月曜日だ。
豚丼を食べ終えて帰宅すると、就職活動のために黒く染め直した私の髪の毛を、先ほどよりも更に丁寧な手つきで、彼は撫でてくれた。彼の指はスポーツ選手みたいにごつごつしているけど、この指でひとを死なせているのかと思うと変な感じがした。そういえば彼は最近、死神の仕事で、私と同い年の、就職活動中の男の子を、ひとり死なせたそうだ。仕事とはいえ若い子を死なせなければならないのは心苦しかったと、彼は嘆いていた。最近の就活ってそんなに大変なの? と、彼は私に尋ねた。私は最近の就活しか知らないからちょっと分かんないわと答えた。君、就職決まんなかったら一緒に死神やんない? と、彼は私に言った。そんな簡単になれるものなのかと訊いたら、一応資格は要るけど難しいものではないということだったので、考えとくわと、私は適当に答えた。
テレビを点けたらサザエさんのアニメが放送されていたので、明日は月曜日だ。五分ほど眺めていたけど特に面白い部分もなかったので、私はテレビを消し、その代わりに部屋の隅にある古いラジオの電源を入れた。明日は朝からスーツを着て面接に行かなければいけない。しかし受かったところで、来年自分がそこで何やってるのか、ちょっと想像がつかない。彼もまた死神の仕事に出かけて、週末の休みまでひとを死なせ続ける。酷く眠たくなったので私は電気を消し、それから服を脱いだ。お風呂がまだだったが、明日の朝に少し早起きして、出掛ける前に入れば良いだろう。古いラジオからはオルガンの音楽が聞こえていた。私は彼にしがみつき、ぎゅっと目を瞑った。明日のことは考えたくなかった。