明くる朝には跡形を探しに出かける

 雲がなく良く晴れた日の秋空に螺旋を描く煙草の煙を浮かべながらひんやりとして静かな砂利の広場を歩くと、そこに置かれた大きな植木鉢に植えられてあまり背の高くない向日葵の根元に青い如雨露でチビチビと水を掛けている色白で華奢な十歳ほどの幼い少年の姿が私の視界に留まった。何してるの?と私が尋ねたなら、こんにちはお姉さん見ればわかるでしょう僕は向日葵に水をあげてるんだ。と少年は私の方に目をくれることもなく答えた。向日葵の葉先は水気を失い黄土色をしていた。ねえその向日葵もう枯れちゃってるよと、私は彼に小さな声で伝えた。

 私も子どもの頃に植木鉢に種を植え向日葵を育てていたことがあった。向日葵の種は街の片隅でこぢんまりとした花屋を営んでいた私の兄から譲り受けたもので前年に兄が育てていた向日葵の花から採れた種のうちのひとつだった。私は兄とずいぶん歳が離れていたから兄の仕事の細かい部分について知る由はなかった。けれど毎朝早起きしてジーンズ生地のエプロンを身に着け、花見に水を遣ったり植え木の枝を選定したりする兄の姿をほんのりとした憧れを抱きながら私は眺めていた。自分も大きくなったら兄のようになりたいと思った。兄から貰った向日葵の種をきちんと育てられたら、少し近づけるような気がした。

 その向日葵もう枯れちゃってるよと私は、立ち枯れた向日葵に青い如雨露で水を遣り続ける色白で華奢な十歳ほどの幼い少年の整った横顔に向けて小さな声で伝えた。すると少年は顔を上げ怒りと敵意と怖れとが入り混じったような鋭く刺々しい視線でこちらを睨み据えて、そんなことないよこの向日葵は死んでなんかいないよちょっと病気なだけで水を毎日あげれば必ず元気になるんだ。と、足らない舌に勢いをつけまくしたてるようにして私に反論した。ねえお姉さんあっちに行ってよ僕はあなたのことが嫌いになってしまったからもうあっちに行ってよこの向日葵は絶対に死んでなんかいないよもうあっちに行ってよ。と、言われた。

 私も子どもの頃に植木鉢に種を植え向日葵を育てていたことがあった。向日葵の種は歳の離れた兄から貰い受けたもので幼かった私はこれをきちんと育てることが出来れば自分も兄のような大人に少し近づけるような気がしていた。でも兄はある日突然私を置いて何も言わずにどこか遠くへ姿を消してしまった。これは後で聞いたことだが兄の経営していた花屋はあまり繁盛していなくて経営が苦しくあちらこちらに少なくない額の借金があったのだという。兄が大切に育てていた花たちは兄が居なくなると同時に世話をする人間が居なくなり一ヶ月も経つと殆どが見るも無残に死んで枯れ果ててしまった。私もそれきり兄から種を貰い育てていた向日葵に水をやらなくなり、やがて枯らせてしまった。

 雲がなく月のよく見える秋の夜空にふわりふわりと煙草の煙を浮かべながらひんやりとして静かな砂利の広場を歩くと、昼間そこにいた色白で華奢な十歳ぐらいの幼い少年の姿はなく大きな植木鉢に植えられてあまり背の高くない立ち枯れて項垂れた向日葵だけが寂しげに佇みただただ黙っていた。黄土色をした葉に指を伸ばすと水気をすっかり失いぱさぱさと乾燥していてピシリと罅さえ走った。私はポケットの中からライターを取り出し、可哀想な少年に想われた愛おしい向日葵の葉先にそっと火を灯した。枯れて乾燥した向日葵は一瞬にして大きな炎に包まれ、パチパチと音を立てながら十秒間ほど美しく燃え上がると、それから崩れて倒れた。
 

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