ウサギ怪人の話

Illustration by Igawashi Arisa

 夜の九時を過ぎて自分の部屋で絵を描いていたらいつの間にかスケッチブックのページを千切っては捨て丸めは捨てての作業になっていたからわたしは自分の描く絵を本当に好きになれそうにないやって思った。絵を描くことを諦めて家を出て駅の方まで行ったらひとがたくさんいて近頃暖かくなってきたせいかなんだかみんなたのしそうな感じだった。交差点にあるでっかい電光掲示板にはいつもとそんなに変わらないニュース番組が映っていて悪いことをした怪人をヒーローがド派手な必殺技を使い格好良くやっつける様子が何回も繰り返し流れた。知らない男のひとがいきなり後ろからわたしの肩をポンと叩いて「ひとりかい?」ってニタァと笑いながら話しかけてきたからわたしはひとりだって答えた。そしたら男のひとは口元に深い皺を作って「最近はこの辺も怪人が出て危なからボクと遊ばないかい?」ってわたしのことを誘った。どうしてわたしなの。って男のひとにわたしは尋ねたけど、男のひとはそしたら答えず面倒くさそうな顔をしてわたしの傍から離れその辺に居た別の女のひとにニタァと笑いながら声を掛けに行ってた。ゴミみたいだって思って、わたしは苛々した。
 
 同じクラスに居る背の高い男の子にわたしは恋をしていた。同じクラスの彼は将来ヒーローになりたいと思ってて誰にでも優しいから格好良いなと思った。わたしは以前登校中に頭だけトカゲの形をした怪人に襲われていたところを偶然その場に居合わせた彼に助けられたことがあったんだけれど、どうしてわたしに優しくしてくれたのってそのとき彼に訊いたら「おれは正義のヒーローになりたくてみんなを守るのが正義の仕事だからさ」っていうふうに答えてくれたんでわたしは安心した。わたしは彼を好きだし立派でやっぱり格好良いなと思った。

 学校帰りに家の傍の交差点を曲がったら道の真ん中に小柄で頭だけがウサギの形をした怪人がうつぶせに倒れていて苦しそうにしているのを見つけてそれを見たわたしは、怪人はみんな悪いやつだから良い気味だなと思って通り過ぎようとしたんだけどするとウサギ怪人は顔を上げてわたしの方を見つめて「助けて」って蚊の鳴くような弱っちい声で呻いた。「ボクを見てもみんな素通りしてしまうけどこのままじゃ死んでしまうお願い助けてください」怪人に助けを求められてもだいたいは罠だから相手をしたらいけないっていうのが社会の常識だった。ウサギ怪人の傍らには巨大なにんじんが真っ二つに居れた状態で転がっていてこれがこの怪人の武器だったのかもしれないとわたしは推測した。気が付いたらわたしはウサギ怪人の小さな身体を背中に背負って家へ運んでいた。なんで自分がこんなことしてんのか分かんなかったからもしかしたらウサギ怪人の催眠術にでもかかったのかもしれない。ウサギ怪人はわたしの背中でずうっと「ありがとう」「ありがとう」なんて言ってたからどうしたらいいのかわたしは分かんなかった。クラスメートでヒーローを目指している背の高い男の子のことを考えて怪人を助けただなんてことを彼に知られたらわたし嫌われるかもしんない、って思った。

 スケッチブックを何冊費やし何枚絵を描いても結局いつの間にか千切っては捨て丸めは捨てての作業になっていたからわたしはこの先どれだけ描いても自分の描く絵を本当に好きになれそうにないやって思った。同じクラスに居る背の高い男の子にわたしは恋をしていた。将来ヒーローになることを志している彼は勉強も運動も出来たしリーダーシップもあり何より誰もに等しく優しくてわたしはそれを格好良いなと思った。だけどある時わたしは彼に「好きだ」と言ってもらった。皆に等しく優しい彼がわたしのことだけ「好きだ」と言ってくれた。わたしは彼に恋をしていたけど「好きだ」と言われた途端もう彼のことが好きじゃなくなってた。わたしはわたしを好きになれそうにないからわたしを好きになるひとなんてみんな信用できないと思った。

 テレビやニュースや駅前の交差点の電光掲示板では今日もヒーローが悪い怪人をやっつけたんだというニュースばっかりやってる。学校帰りに家の傍の交差点を曲がったら先日会ったウサギ怪人が立ってた。ウサギ怪人は沢山のにんじんが入った紙袋を両腕に抱えていてそれをわたしに差しだして「田舎で採れた美味しいにんじんなので良かったらたべてください」って言った。なんでわたしなんかにくれるのって訊いたら「決まってるじゃないですかこないだ助けてくれたお礼ですよ」と言われた。
 

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