最近のプリクラは誰でも可愛く映る

 土曜日の夜にサマンサに会いに行きたいと思った。メールで誘うとすぐにサマンサは会えるわよと返信をくれたので私は嬉しく思った。改札前の待ち合わせ場所に私よりも先に来ていたサマンサはその場所を行き交う百人千人の人混みの中に居ながらひと際目立っていて、すぐに見つけられた。サマンサは金髪の長いかつらを被り濃い目の化粧をしているけど体質的に髭が濃いらしくてうっすらと青い下あごの剃り跡はいつでも隠しきれない。身長がすごく高くって肩幅も広くプロ野球選手みたいにがっしりとした体格をしている。ロングスカートに黒いブランド物のコートを羽織りキツ目の香水を漂わせて、だけど腕には百円ショップで買ったと思しき安いビニール傘を雨も降っていないのに引っ掛け揺らしている。一方の私は脚を出した短パンを履き胸元の抉れたシャツ、その上からファーのついたジャンパーという格好をしている。サマンサは休日の駅前の群集の中から私を見つけると真っ赤な紅で彩られた唇の口角を上げ、
「なーにあんた、今日はずいぶん派手ねえ」
 と、野太い声で笑った。

 ついさっきまで学校の傍の安いラブホテルに入って先輩とヤッてた。先輩はうちの高校のまるで弱く練習時間に部室で煙草吸ってるようなバスケ部に所属しているのだけど顔立ちが整っているとかいう理由だけで面食いな女子たちから高い人気があった。うちのクラスの一部の女子たちも休み時間になると彼の噂をしてきゃーきゃーきゃーと甲高い声で騒いで、それらの声を私は教室の片隅で聞きながらすごく耳障りだと思った。私はつい昨日金曜日の放課後に部室から出てきた先輩に声を掛け今日の夕方にはふたりでラブホテルに入った。ホテルに入った後の先輩は手練れた感じがしたけど、ヤッてるあいだわたしはだいたい目を瞑っていてクラスの女子たちのあのうるさい笑い声について考え巡らせていたので、気持ち良いとか気持ちよくないだとかはあんまり分からなかった。

 サマンサと一緒に土曜日の夜の街を歩いた。町には腕を組んだカップルや酔っぱらった学生の集まりなんかが多くてどれも嫌だと思った。サマンサが行きたいというからゲームセンターへ行きツーショットのプリクラを撮影した。プリクラに映ったサマンサの顔は髭の剃り跡が補正されてそれだけでもずいぶん女っぽく見えたが、ふざけて変な顔ばかりするので私はけたけた笑った。サマンサは本当は健太郎という名前で歳は四十歳だ。私は実際に見たことがないけど普段のサマンサこと健太郎さんは金髪のウィッグを被ってなんかいないし化粧もしてはいなくて、代わりにスーツを着てネクタイを締め電車に乗って会社に通っている。休日にこうしてひとりで出掛ける時だけこういう格好をしているがそのことは奥さんにも子どもにも秘密なのだという。ゲームセンターの二階でサマンサは前かがみの格好でプラスチック製のショットガンを構え画面に映るゾンビを次々撃ち殺していく。それがあんまり上手で面白いので、私は興奮して手を叩きながら彼女を応援した。

 ついさっきまで学校の傍の安いラブホテルに入って高校の先輩とヤッてた。ヤることをヤッて終えるとまだ時間は残っていたけど私たちはさっさとシャワーを浴び服を身に着け、ラブホテルを出てすぐのT字路で右と左に別れた。ヤる前からもヤッた後でも私は先輩のことをまったく好きではないし先輩も先輩で私に対して恋愛対象としての好意などほんのちょっとも抱いていないだろう。駅に向かって一人で歩いていくとその途中で横断歩道の向こう側に恐らく部活帰りだろう楽しそうな顔をした女子高生の一団が居たので私は苛々した。急に寂しいような悲しいような冷たい気分になり、サマンサに会いに行きたいと思った。メールで誘うとすぐにサマンサは会えるわよと返信をくれたので私は嬉しく思った。

 ゲームセンターを出たあと私とサマンサは晩御飯どうしようかと喋りながら再び町を歩いた。髪質の硬い金色のウィッグにガシガシと手櫛を通しながら夜のきらきらした街を行き交う百人千人の人混みの中でやはりサマンサはひと際目立っていた。向こう側から手を繋いで歩いて来る大学生ぐらいのカップルが私たちとの擦れ違い際にサマンサの顔を何度も横目かちらちら覗いて、それから背後で、今の見たあ? と品のない馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。私はその時どうしようもなくイラっときて靴の底で奴らを蹴り飛ばしてやりたいという衝動に駆られ踵を返した。だけどそこから一歩を踏み出そうとした私の肩には、サマンサのごつごつした大きな右手がぽんと置かれていた。真っ赤な紅で彩られた唇の口角を上げ、
「あんたのそういうとこ好きよお」
 と、野太い声で笑った。

 

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