2021年7月中旬。友人が亡くなったと連絡を受ける。高校時代の同級生だった。妻とも仲良くしてくれた。妻にとっては地元を出て東京に暮らし始めてからかなり初期の頃に出来た友だったと思う。春には子どもを連れて遊びに来てくれたしまた会えるだろうと思っていた。知らせを受けて妻はかなりショックを受けていた。ずっとそうだった。高校時代から自ら傷つきに行くようなことばっかりしていた。当時の僕は心配だったからそれをやめてほしいと思った。大切だから傷つかないでほしいというのが友人の役割なのだと思った。だけど長いあいだ友人をやっているとそういう気持ちに少し変化が出てきた。どんなに傷ついてほしくないと伝えたところで彼女は自ら傷つく。どれだけ傷ついてもどんな形になろうとも友だちなのだろうと思った。20代前半の僕が死ぬか生きるかどうかというときも彼女は高校時代と変わらない態度で接していた。僕はそれにすごく救われた。だから彼女が亡くなったと聞いたとき僕は驚かなかった。寂しかったし悲しかったけど驚きはなかった。これを書いているいまは実際に知らせを受けてから結構な日数が経っているのだけど今も知らせを受けたときと同じようにじんわりと悲しい。きっと10年とか20年経っても同じなのだろうと思う。なんていっているあいだに「実は生きていた」なんていって突然ひょっこり訪ねてきてもきっと驚かない。そういう友人だった。ひとつ心残りなのは、ふたり目の子が生まれるんだよということを言えなかったこと。きっと伝えたら笑ってくれたと思う。