ハングリー精神というのはそもそも何だろう。素直に直訳すると「お腹すいた精神」ということになる。お腹を空かせたひとが、満足いくまでご飯を食べたくて、そのためにめちゃめちゃ頑張ろうという気持ち。これはまぁいちばんパッとイメージしやすいハングリー精神の形だよね。
ところが日本ではある程度貧しくても、死ぬほどお腹が空くとか、ましてやそれで餓死するなんていうことは滅多に起こらない。そのため「日本人はハングリー精神に乏しいよね」とか「日本はハングリー精神を持てる環境ではない」なんていわれてしまうことも結構あるわけだ。
でも本当にそうだろうか?
そもそも「お腹を空かせやすい国」に住んでいるひとたちがみんなハングリー精神を持っているかというと、そんなことはもちろんない。どちらというと「貧しい国に生まれた俺たちは頑張ったってどうせ貧しいままだ。食べ物もない。医療もない。だけど仕方がない」と、良くいえば現状を受け容れ、悪くいえば改善することを諦めてしまっているひとの方が全然多いと思う。
けれどそんな中に時々現れるハングリー精神を持った人というのは、「いやちょっと待て」と。「俺はこんなに貧しい暮らしは嫌だ。ひもじい暮らしを受け容れたくはない。俺はもっと腹一杯のご飯を食べられる生活をしたいし、それができるはずだ。そのためだったら戦いだってするぞ」という考え方をする。
「いま抱えている不満を受け容れない。現状を良くすることを諦めない」
ハングリー精神の本質っていうのはそういうものなんじゃないだろうか。
なのでこの質問をしてくれたあなたが「ハングリー精神を持ちたい」と考えているなら、
「不本意だけどいつのまにか”仕方がない”と諦めてしまっていることはないか?」
「本心では理不尽と感じつつも”皆がやっているから”と渋々従ってしまっているものはないか?」
「本当は嫌だけど”こういうものだから”と我慢してしまっていることはないか?」
と、こういうふうに自問自答をしてみれば良いんじゃないか。
自問自答の結果、不満なこと、不本意なことが見つかったら。そしてその不満や不本意を「そのままにしておきたくはない」という気持ちが、もしも沸々と湧き上がってきたなら、それがハングリー精神の入り口なのだと思う。そういうひとは結構たくさん居るような気もする。
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