教えて。教えて。魚

 朝の五時半に目を覚ました。あたしはパパやママを起こさないようにこっそり家を出た。空はまだ半分暗くて少し肌寒かった。自転車に乗って児童公園に行った。公園では髪の短いお姉さんがベンチに座っていた。お姉さんはすぐにあたしの姿に気づき「また来たの?」と苦笑いを浮かべた。

 このお姉さんは身体の中に魚を飼っている。メダカぐらいのとても小さい魚だ。魚がお姉さんの身体から出てくることはない。だからもちろんあたしはその魚をこれまでにいちども目にしたことがない。でも見たことのないその魚に、あたしはすごく興味を持っている。

 お姉さんの隣にぴょんと腰掛けてあたしは「今日も魚の話を聞かせてよ」とお願いをしてみる。お姉さんは軽くため息をついてから「いつもと同じ話しかしないけど良いの?」とあたしに確認する。もちろんあたしは頷く。

「この魚は私が生まれた時から私の中に居た。私の身体の中をいつも自由に泳ぎ回ってきた。魚はたまに私の耳元で色々なことを喋った。お腹が空いた。眠い。疲れたから休もうよ。そんなことしか言わない日もあれば、明日の天気や、テストの問題の答えや、目の前の相手が心の中で考えていることを教えてくれたりもした。

 幼い頃の私はこの魚を別に特別なものだとは捉えていなかった。当たり前のものだと。誰の中にもそういうものは住んでいるのだろうと思っていた。

 そうではないと気づいたのは小学生の時だ。同級生に魚の話をしても『そんな魚はいない』とか『聞いたこともない』とか、そんな反応ばかりしか返ってこなかった。中でもいちばん嫌だったのは同じクラスのある男の子に『そんなのお前の作り話だろう?』と言われた時だった。だって実際に私の中で魚は泳いでいたし、時折声をかけてもくるのだから。

 作り話ではない。その証拠を見せてやろうとして、私は魚に質問をしてみた。ねえ魚。あなたのことを作り話だというこの男の子が、いま何を考えているか教えて。それを言い当てたら、きっと彼だってあなたのことを信じるはずだから。魚は快く力を貸してくれた。『この男の子は、君のことが好きだからからかっているんだ』と私に教えてくれた。私はそれを男の子に伝えた。すると男の子はゲラゲラ笑いだし『でたらめ言うんじゃねえよ!』と私のことを叩いた。

 それからというもの私はクラスのみんなから悪く言われるようになった。『あいつは嘘つきだ』『あたまがおかしいやつだ』と言われるようになった。そのうち私には友だちがひとりも居なくなってしまった。私は学校を休みがちになった。

 ある時。見かねた両親が私を病院に連れて行った。病院で私は幾つか検査を受けた。その結果を見て医者は私を『頭の病気です』と診断した。『そんな魚が居るように感じるのは頭の病気のせいです。毎日薬を飲み続ければ、そんな魚はすぐに追い出せますよ』と医者は私に言った。

 でも私はその薬をいちども飲まなかった。病院なんかにも二度と行かないと決めた。だって私はこの魚にいなくなってほしいなんて考えたことはいちどもなかったからだ。そんな私の気持ちを知ろうともしないで、病気だなんて勝手に結論づけて、追い出すための薬を飲めだなんて、私の中の魚に対してあまりに酷いじゃないか。

 以降、私は魚のことをあまりひとに話さないよう心がけるようになった。両親に対しては、また私を病院に連れて行こうなんて考えることのないよう、薬を飲まなくても魚は居なくなったよと嘘をついておいた。この魚のことは、どうせ誰に話しても分かってもらえないと思い知ったからだ。魚のことを分かりもしないひとから、知ったかぶりで病気だとか、追い出さなきゃいけないとか、そういうことを言われるぐらいだったら、そもそも最初から話さずにおいた方がよっぽど楽なのだと、私は気づいたのだ。
  
 十六歳の時。私は地元の占い館でアルバイトを始めた。このアルバイトは私に向いていた。魚の力を借りれば占い師をするのは簡単だったからだ。目の前のお客さんが考えていることや悩んでいることを、魚はこっそりと私に教えてくれた。私はそれをそっくりそのままお客さんに伝えて、ちょっと慰めてあげたり、励ましてあげたりするだけで良かった。

 占いはたちまち評判になった。『心を読める占い少女あらわる』なんて安っぽい見出しで雑誌に載ってしまったこともあった。たくさんのひとが私の周りに集まるようになった。その中には小学校時代の同級生もいた。私を叩いたあの男の子も居た。私のことを病気といったあの医者までもが居た。

 魚のことは信じてくれないくせに。
 分かってくれないくせに。

 占い師として少し有名になっても、私はぜんぜん嬉しく思わなかった。それどころか疲れて、うんざりしてしまった。友だちだと思えるひとは居ないままだった。だから私は十八歳の時に占い師をやめて、ひとりでこっそり地元の街を離れた。そして今は、誰も知り合いのいないこの土地でひっそり、静かに暮らしている。たぶんこれからも、静かに暮らすと思う」

 話を終えるとお姉さんはふたたびため息をついた。話し始める前よりも大きなため息だった。そしてやっぱり顔には苦笑いを浮かべている。あたしの胸はどきどき高鳴った。このお姉さんと魚の話は何度聞いても飽きることがない。

 でも一方であたしは、お姉さんの話の中でいつもひとつだけ疑問に思うのだ。どうしてお姉さんは、あたしなんかに魚のことを教えてくれたのだろう?

 とはいえその疑問について実際にお姉さんに訊いてみたことはない。その代わり、あたしはお姉さんにこんなことを尋ねる。「ねえ。明日もまた会いに来ても良い?」

 するとお姉さんは面倒臭そうな様子で「好きにすれば」と言う。その言葉に、あたしは今日も、すごく嬉しくなった。空はいつの間にかすっかり明るくなり、朝がやってきている。

あとがき

「自分が誰かに理解されることはきっとないだろう。それは寂しいけど、『あなたはこういう人でしょう?』と、事実と違う解釈で勝手に納得されるぐらいならば、最初から理解できない人だと振る舞ったほうがよっぽど良い」

……そんな声を聞き、書かせていただきました。

ヒトとヒトとが完全に理解しあうことは確かにできません。だけど「完全じゃなくても理解したい」「全部は無理でも、もっと知りたい」と、決して辿り着けないけど近づくことをやめなければ、同じ孤独であっても、幾らか楽に生きていけるんじゃないかなと思い、こういうお話ができあがりました。

2019/11/26/辺川銀

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