機械の星の096

 こんにちは。
 地球からお越しですか? 
 ようこそボクらの星へ。
 ここは機械だけが暮らしている星です。

 この星には水も酸素もまったくありません。ですが油田が少しだけあります。
 油田の周りには機械たちが集まります。機械が動くためには油田から採れるオイルが要るからです。
 油田の周りに集まった機械たちは群れを作ります。群れを作ることで、オイルを独り占めしようとする者や他所からやってくる乱暴者などから、大切な油田を守ることができるのです。
 大抵の場合、大きな油田の傍には大きな群れ、小さな油田の傍には小さな群れができます。大きな群れになると、油田の畔に工場を建てることがあります。工場では新しい機械や、既にいる機械が長く生きるためのスペアパーツが生産されています。

 機械たちはお互いのことを番号で呼び合います。
 この番号は彼らにとって名前の代わりですが、同時に個体ごとの性能の高さを示すものでもあります。
 たとえばそこにいる096という機械は、095という機械よりも少し優れており、097という機械よりは僅かに劣っています。

 この096はある時期、どこの群れにも属さない野良の機械でした。
 機械が群れに属さず生きていくことはとても困難です。活動するために必要なオイルは油田からしか採れず、既に見つかっている油田はどれも、どこかの群れの管理下に置かれているからです。
 だから096は自分を仲間に入れてくれる群れを探して歩きました。ですがそんな群れはなかなか見つかりません。なぜなら096という番号は、決して性能の良い機械につけられる番号ではなかったからです。
「096? そんな小さな番号、ウチには要らないな」
「オレたちの群れに入りたいなら、最低でも300か、400ぐらいでないと」
「悪いけど、ここのオイルにも限りがあるんだ。200より下の番号を入れる余裕はないよ」
 行く先々で門前払いをくらいながら、096は岩肌が露出した荒野を何ヶ月ものあいだ、彷徨い続けました。
 今日は生き延びられたけど、明日にはオイルが切れて、死んでしまうかもしれない。
 そういった怖さに負けそうになると、096はひとりで、空に向かって歌を唄いました。

 ようやく096を仲間にしてくれたのは、十数人ほどの小さな群れでした。
 この群れには、096よりも大きな番号を持つ機械がひとりもいませんでした。
 リーダーの055には腕や脚などがなく、搭載しているカメラとかセンサーも非常に粗悪でした。スピーカーも良くないのか、喋るときには声が掠れていました。けれど唯一、頭脳だけは非常に、優れた機械でした。大きい番号の機械が居なくても群れを維持できるよう、055は様々な工夫を凝らしていました。
 たとえば不器用な067には、精密な動作を行わなくても良いよう、群れの用心棒としての役割を与えました。
 外気に触れると身体が錆びてしまう082には、屋外に出る必要のない、部品修理の仕事を任せました。
 臆病者の013や020には、他所から来る乱暴者と顔を合わせないよう、油田の採掘係を担当させていました。
 中には004という、何も出来ないガラクタのような機械も居たのですが、ほとんどの仲間はそれぞれ、番号が小さいなりに自分が苦手ではない役割を担って、群れを営んでいました。
 もちろん055は新入りの096にも、役割を与えました。
「君はここに来るまで、歌を唄いながら旅をしてたんだろう? だったらここでも唄って、群れのみんなを元気づけておくれよ」

 それから096は群れのために喜んで唄いました。野良だった頃は自分を慰めるために唄っていましたが、その歌で他の誰かを元気づけられることを嬉しく思いました。
 096は、自分を受け容れてくれて役割を与えてくれたこの群れのことを好きになりました。そしていつしか、唄うだけではなく、もっと色々なことを、この群れを良くするためにしていきたいと考えるようになっていきました。
 群れを良くする方法は、この星の機械なら誰でも知っています。それはより番号が大きく、より性能の良い機械を仲間に加えることです。なので096は、歌を唄う仕事の合間に群れの外に出かけて、他所の群れに居る高性能な機械や、大きな番号を持つ野良の機械を次々とスカウトし、群れの仲間に加えていきました。367、435、609。それまで群れには居なかった、高性能な機械が、群れにやってきました。
 ところが群れの人数がある程度増えてくると、もうそれ以上、仲間の数を増やすことが出来なくなりました。油田から採れるオイルの量で養える人数には、限度があるからです。
 それでも096は大好きな群れをもっと良くしたいと思ったので、ルールを定めました。優れた機械がひとり加わる度に、群れの中でいちばん小さな番号の機械が、群れを離れていくというルールです。なるほど確かにこのやり方なら、群れの人数を増やすことなく、番号の大きな機械を仲間にすることができます。

 それから数年後。
 群れには988や、872、836など、信じられないほど大きな番号の機械たちが、ずらりと集まりました。
 一方で数値の小さなかつての仲間たち、ガラクタの004はもちろん、臆病者の013や020、錆び癖のある082、不器用な067などは、居なくなりました。リーダーだった055の姿も、もはやありません。みんな096が作ったルールのために群れを離れたのです。
 それでも096は、新しく、より高性能な機械を探すことをやめませんでした。
 すべては自分を受け容れてくれた、この大好きな群れを、より良くするための行動だったからです。

 やがて、その日が来ました。
 きっかけは096が、1500という新しい機械を、群れの仲間に加えたことでした。群れは沸き立ちました。1000を超える番号がついている機械なんて、星全体を探したって、出会えることは滅多にないからです。
 そして1500が加わったことで、この日もいちばん小さな番号の機械が、ルールに従い、群れを離れなければなりませんでした。けれどこの時、群れの中にはもう、096よりも数値の小さい機械は誰も居ませんでした。
 だから096は、自分で定めたルールに逆らわず、群れを離れました。それが大好きなこの群れを良くする方法だと、信じていたからです。

 群れを離れて野良に戻ってから、096は悲しい気持ちに襲われることが多くなりました。そしてそのことを不思議に思いました。自分はあの群れのために、いちばん良いと思うことを、ずっと続けてきたのに。そして実際に群れは良くなったのに。どうして自分は悲しむんだろうか? 自分の番号がたったの096だからだろうか? 自分の性能が悪いせいだろうか? 考えても考えても、分からなかったので、096はゴツゴツとした荒野にポツンと立ち、オイルが尽きて電源が切れるまでずっと、空に向かって歌を唄いました。
 
「あんなところで何をしてたんだい?」
 096に電源がふたたび入った時、彼の傍には群れから離れて別れたはずの055が居ました。055だけではなく、臆病者の013や020、錆び癖のある082、不器用な067、そしてガラクタの004も居ました。096が作ったルールのせいであの群れから離れていった昔の仲間たちが、修理台の上に横たわる096の周りを、ぐるりと囲んでいました。
「君が荒野で倒れていたところを、067が見つけて、ここに運んできたんだ。そろそろ君もあの群れを出てくる頃かなと考えていたから、うまく見つけられて良かった」
 055は、驚く096に向けて、掠れた声で言います。そしてあの群れを出てから今までに起きたことを、詳しく説明しました。
「あの群れを出たあと、ボクらはまた集まって群れを作り直したんだ。新しい油田を探しながらみんなで歩いていたら、ガラクタの004が突然『ここを掘ればオイルが出る!』とブザーを鳴らしてボクらに教えてくれた。ボクらもずっと知らなかったんだけれど、004は他のことを何もできない代わりに、オイルの出る場所を見つける機能を備え持っていたんだ。オイルが出る場所さえ分かれば、もうこっちのものだ。臆病だけど採掘するのは誰よりも上手な013や020が居てくれたおかげで、前よりも大きな、新しい油田を手に入れることができた。油田が手に入ると、不器用だけど力持ちな067と、錆びやすいけど器用で物知りな082が、ふたりで協力して工場も建ててくれた。これでボクらは、前よりもっと多くの仲間を迎えられるようになったよ」
 それから055は、ひどく嬉しそうな様子で、096に向かって、こう続けたのでした。
「ところで君にお願いがあるんだ。ここでも前のように唄って、みんなのことを元気づけてくれないかい? ボクらはみんな、君が唄うのを気に入っているんだ」

あとがき

このお話のモデルになってくださった、議論メシの黒田さんからコメントを寄せていただきました。

ある惑星の落ちこぼれな機械たちが主人公の作品に仕上げていただきました。無機質なはずの彼らに人間らしさを感じるのは、「能力の偏り」があったり「一人では役割を果たせない」存在であるからかもしれません。一見欠陥にしか思えないそんな余白があるからこそ、支えあえるし、協力することができる。わたしも096(わたしの黒田という名字にちなんでいるのでしょうね)のように、一人で歌うんじゃなくて、誰かのために歌いたい。自分の能力を、誰かのために、誰かと一緒に使いたい。遠いどこかの星にいる彼らを思い浮かべながら、そんなことを考えながら読みました。わたしの世界観をステキな作品で表現していただき、どうもありがとうございました!

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