アオとムラサキ

Illustration by @Amelleall

 満月の、明るい夜のことでした。紫色の蝶々達が、昼間と間違え、辺り一面咲き誇った無数の白い花の周りを、ひらひらと飛び回るぐらいに、明るい夜でした。私はその、花畑の真ん中に座って、空を眺めていました。機械で出来た私の指や脚には、青白く光る植物たちの蔦や根などが張っていましたけど、今の私にはそれを払ったりとか、どかしたりとかすることが出来ないので、出来ることといったら、空を見ることぐらいだったのです。通り掛かった野球帽の男の子が、手に持った木製のバットを担いで、「どうしてここにひとりで座っているの」と、私に尋ねました。動けないからですと、私は答えました。

 明るい夜の月の光の下で、私は野球帽の男の子に対して、機械で出来た私の身体のことを、少し説明しました。部品が足りないから、私はここから、少しも動けません。部品はどこかで落としてしまったのです。その部品は、プラスチックの球のような形をしているものです。ちょうどあなたの持っているそのバットで、打ち返す野球のボールぐらいの大きさをしたプラスチックの球です。誰かがそれを見つけて、私の喉の、ここのところの窪みに、正しく嵌めてくれれば、私の胸はカチリと音を鳴らして、きっとこの身体は、また元通りにきちんと、歩き出せるのです。「それなら僕が見付けて来るよ」と云い、野球帽の男の子は、私の前から去って行きました。けれどもそれきり、二年経っても三年経っても、野球帽の男の子は私の場所に戻ってくることはありませんでした。

 それから後もたくさんの男の子が私のもとを訪れましたが、私の身体は今も変わらず動かぬままなのです。サッカーのユニフォームを着た子や、ラグビーの装備に身を包んだ子や、ゴルフのクラブを持った子なんかも居ましたが、私の身体は今日も結局動くことなく、青白く光る植物たちの蔦や根などに、好き勝手なだけ絡まれるがままです。男の子たちの中には、大きさの違う球とか形の違った部品を、私の喉に押し込み、私の身体を動かそうとする者も居たのだけど、それでは駄目なのです。紛い物では決していけないのです。正しい形と大きさを持ったプラスチックの球体でなければ、私の胸はカチリと鳴りませんし、身体は動きません。

 満月の、明るい夜のことでした。私は花畑の真ん中に座って、空を眺めていました。動くことのない機械の身体は半分以上が青白く光る植物の蔦や根などに覆われ、あちこち錆びついていました。けれどやっぱり払ったりとか、どかしたりとかすることも出来ないので、出来ることといったら、空を見ることぐらいだったのです。数年ぶりに私の前を訪れた野球帽の男の子は、「おひさしぶり」と、悲しげな顔で、私に言いました。帰って来ないと思っていましたよと、私は答えました。野球帽の男の子は私が覚えているより、幾分か背が伸びていました。

「あなたの部品を僕はみつけたよ」と、野球帽の男の子は、私に云いました。「だけど壊れていたんだ。あなたを動かすための、大事な大事な部品は、僕が見つけた時にはもう、粉々に砕けて、細かい破片が散らばっているばかりだったんだ」そこまで喋ると男の子は口をへの字に曲げ、今にも泣きだしそうなのを一生懸命、堪えているふうな様子でした。身に着けた野球帽や、ズボンの膝とか靴の爪先なんかはすっかりぼろぼろに汚れて、何故だか木製のバットまでもが、ところどころ削れてへこんでいました。身体ばっかり大きくなって、ずいぶん泣き虫なのねと、私はなんだか、可笑しく思いました。

 そのとき胸のあたりで、カチリと音がしました。

 

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