春の朝の日差しみたいに真っ白な中学校の制服を着たまま、わたしは街の大きな玩具屋さんに入った。店内の奥の売り場の台の上には、箱詰めされた着せ替え人形の女の子がたくさんびっしりと並んでいた。人形たちが詰め込まれている箱の一部は透明になっていて中身を見ることができたがどれも同じ服を着て同じ顔で同じ表情をしていた。わたしは周囲を二度三度確認し他の客や店員が見ていないことを確認してから、幾つもある箱詰にされた人形のうちのひとつを手に取り、ポケットの中から裁縫用の小さな針を取り出すと、箱の底にぷすりと刺して小さな穴を空け、それから売り場の台の上に戻した。箱の中身は少しも傷ついていないし、ぱっと見た感じでは何も変化はなかった。台の上にはまったく元通りに、箱詰めされた着せ替え人形の女の子がたくさんびっしりと並んでいた。けれどこの陳列された人形たちの中には、わたしの手によって箱に穴をあけられたものがひとつだけ混じっているのだ。わたしは踵を返した。
わたしの通う中学校は由緒正しい中高一貫わたし立女子校なので教室の中には女の子しか居らず皆白い制服を着ている。校則は厳しく髪を染めている子だってひとりも居ないから教室のいちばん後ろの席から眺めると余計にみんなが同じように見える。わたしは昨日玩具屋さんで見た、人形の女の子たちのことをを考える。みんな同じ造形で同じ箱に入って陳列され何の違いもなかった。けれどわたしは知っている。あの中にひとつだけ箱の底に穴をあけられた人形があるっていうことをわたしは知っている。わたしたちはまだ中学生で、だからたぶんこの中でわたしだけがそのことを知ってる。
放課後になるとわたしは部活動をさぼって男の家に出かける。男についてわたしはよく知らない。たぶん二十代だが正確な年齢を知らない。どんな仕事をしているのかも知らなければどんな性格なのかまで知らない。なぜ知らないかというとそれはわたしにとって大事なことではないから。ひとり暮らしで、訪ねていけばいつでもそこに居るということは知ってる。その部屋ははいつも空調が利いていて不快ではない温度に保たれているということを知ってる。適度に痩せ、醜くはない身体を持っているということを知ってる。そして男だということを知ってる。男はわたしに、好きだ、と、再三いう。けれどわたしは男のことを少しも好きではないから、わたしはいちども好きだと口にはしない。重要なのはわたしはされるがまま、言われるがままに服を脱がされ、それから脚を開いたということ。教室にきちんと並んだ、白い制服に黒髪の後姿たちを思う。わたしたちはまだ中学生で、だからたぶんあの中でわたしだけがこのことを知ってる。
例えば日差しみたいに真っ白な中学校の制服を着たまま、わたしは街の大きな玩具屋さんに入った。店内の奥の売り場の台の上には、箱詰めされた着せ替え人形の女の子がたくさんびっしりと並んでいた。どれも同じ服を着て同じ顔で同じ表情をしていた。昨日箱の底に穴を空けた人形はどれだっただろうか。ひとつひとつを手に取り箱の底を見て触ってわたしは確かめる。けれど見つからなかった。穴が小さすぎて見落としたんだろうか、或いはすでに売れてしまったのかもしれない。一生懸命探すわたしのことを三十路ぐらいの女の店員が怪訝そうに見つめてくる。わたしは悲しくなり、でも泣くほどでも、笑うほどでもなかった。