子どものころ「懐かしい」はすごく遠くにあるものだと思っていた。
大人というのは10年前とか20年前とかをふと遡って「懐かしい」というので、まだ10年前後しか生きていなかった子ども時代の自分には途方もない遠くを振り返っているように感じられた。だって当時の時分が10年前を振り返ったらまだこの世界に存在さえしてなかったのだから。
けれど現在31歳になってから過去10年前とか15年前ぐらいを振り返ってみると途切れることなく地続きだしなんならわりと最近のことのような気がする。勿論あいだにあったひとつひとつの出来事を拾い上げていけば膨大な量になっているし自分自身の在り様なんかもぜんぜん違うのだけれど。
10代の夜に小雨の降るなか深夜の道を友だちと電話しながら帰った。作用の強い薬に酔って春の昼間の海が見える芝生の上でいつの間にか眠っていた。しらない街を走る始発の窓から冬の朝焼けを眺めた。午前四時まで飲んで過ごした帰りの道で窓の向こうから見つめる猫がいたこと。色々なことをすぐに思い出せる。