身体を売る機械

 ネリマは火星に住んでいる。ネリマは男ではない。ネリマは女でもない。ネリマは人間ではない。ネリマはロボットだ。ネリマは工場で造られた量産型の機械だ。ネリマたちロボットの仕事は火星の山に穴を掘ることだ。地球から次々と移住してくる人間たちの住処を作るのが彼らの役割だ。なのでネリマたちの身体はシンプルだけどなかなか頑丈に設計されている。腕は長くて器用に動かせる。両方の目には赤外線のカメラが埋め込まれているので夜闇の中でも周囲がはっきり見える。胸に埋め込まれた小さいハードディスクは彼らの思考や記憶を司る部品だ。

 毎朝ネリマは山に出勤する。山に穴を掘ってそこに町を作る。危険な目に遭うことは珍しくないが給料は僅かだ。仕事を終えて家に帰る途中、ネリマの両目は空の遠くに青い地球を見詰める。ネリマたちが作られたのは火星の工場だから、ネリマは一度も地球の土を踏んだことがない。地球はとても良い場所だと、仲間のあいだで噂されている。ネリマは地球に強く憧れている。一度でいいからあの青い星に行ってみたいと切に願っている。だけど地球に行くためには宇宙船が必要だし、宇宙船を買うためには多くの金が要る。
 
 ある週末。ネリマは自分の貯金を全部持って麓の町に出掛けた。中古の機械を扱う店を訪ねた。そして自分の右手を売却した。手はふたつあるから、片方だけなら売っても大丈夫だろうと、ネリマは考えたのだ。右手は彼の利き手だったが左手よりも高い値がつくので、右手を売却した。それでも思っていたほど高くは売れなかったが、ネリマは手を売った金と、持参した貯金とを合わせて、いちばん安い中古の宇宙船を買った。

 ネリマは自分の右手と引き換えに宇宙船を手に入れたが、まだ地球へと旅立つことは出来なかった。宇宙船を動かすには燃料が必要だからだ。宇宙船の燃料はずいぶん高額だ。働いて稼ごうとネリマは張り切ったが、利き手を失ってしまったので、従来のように上手く働くことが出来ず、金は貯まらなかった。悩んだ末にネリマは、次の週末にも麓の町に出掛けた。中古の機械を扱う店を訪ねて、左目を売却した。ネリマの目は赤外線カメラが埋め込まれている高性能な目だ。思っていたほど高くは売れなかったが、それでもなんとか、地球へ行くだけの燃料は購入することが出来た。 

 こうしてネリマは宇宙船と燃料を揃えた。ネリマは宇宙船のコックピットに乗り込み、エンジンを掛けようと試みたが、安価で買った中古の宇宙船は上手く動かなかった。どうやらエンジンが壊れているようだ。動かすためにはエンジンを買い替える必要があったが、宇宙船のエンジンというのは非常に高価なものだ。ネリマは悩みに悩んだ。ここで諦めてしまえば、右手や左目を売ってしまったことがすべて無駄になると思ったので、次の週末に三たび町に出掛けた。中古の機械を扱う店で、胸に嵌め込んだハードディスクを売った。ハードディスクは右手や左目よりも高い値段で売れたので、ネリマは今度こそ、きちんと動くエンジンを手にすることが出来た。

 燃料を注いでエンジンも新調した。ネリマの宇宙船はようやく地球に飛び立てる状態になった。だけど結局ネリマは地球に行くことが出来なかった。次の日も、また次の日も、右手と左目を失った身体で、火星の山を淡々と彫り続けた。記憶や思考を司るハードディスクを売ってしまったせいだ。ネリマはもう、自分が宇宙船を購入した理由さえ思い出すことが出来ない。 






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