あした生まれるわたし


 ボクは鳥だ。ミドリとキイロの羽根を持っている。アカい嘴と脚を持っている。ボクは鳥なのでトリカゴの中で暮らしている。小鳥の頃からこの瞬間までずっとここに居る。夜が終わって小さな窓から朝の日差しが差し込んでくるとボクは目を覚ます。やがてアノ子が目を覚まして目を擦りながらボクに新しい餌とか水を与える。それから少し経つとアノ子の母親が下の階からアノ子の名前を呼ぶ。アノ子はきゅっと唇を噛み、それから部屋を後にして、足音を立てながら下の階へと降る。アノ子の足音が聞こえなくなるとボクはトリカゴの金網を片足で掴んで、嘴を使いカチカチと噛みつく。何度も何度もそうする。

 タマゴの中に居た頃のことをボクは覚えている。ボクだけでなく鳥たちはみんな自分がタマゴの中に居た頃のことを決して忘れない。タマゴの中はいつも暖かかった。光は殆ど届かないのにまるで柔らかい日差しの中に居るような心地よさが常にある場所だった。何も口にしなくてもお腹が空いたりのどが渇いたりすることはなかった。タマゴの外側は分厚くて硬い殻に覆われており弱く幼いボクの身体をしっかり守ってくれた。ずっとこの中を漂いながら眠り続けていたいとボクは思っていた。
 
 日が暮れる前にアノ子は帰って来る。アノ子は部屋の明かりを灯すと貫抜を外して小さな窓を開く。窓の外からは外の涼しい風が入り込んでくる。アノ子は紺色の制服を脱いで部屋着のシャツに着替える。それからトリカゴの前にやって来てボクに話しかける。「家に居ると窮屈。学校にいても窮屈。わたしはもっと遠くへ行きたい。だけれどママは目の届かないところへわたしが行くことを嫌がる。わたしのことを閉じ込めようとする。だからわたしは今夜もママと喧嘩をすると思う」アノ子はボクが小鳥だった頃からボクの身の回りの世話をしてくれる。だからボクはアノ子の喋る言葉をある程度ならば理解することが出来る。
 
 タマゴの中に居た頃のことをボクは覚えている。タマゴの中は暖かくて心地よい空間だったのだけれど、ボクはいつからかその空間を窮屈だと感じるようになった。何故ならタマゴの中でボクの身体は次第に大きく育っていたからだ。ボクの身体が大きくなってもタマゴの大きさは変化しなかったからだ。やがてこの身体が、タマゴの中で回転することも出来ないぐらい大きくなった頃に、タマゴの外に出て行きたいとボクは思い立った。そうしてタマゴを覆う殻を嘴で強く叩き始めたのだ。タマゴの殻はとても硬くてなかなか砕けなかった。だけれどボクはタマゴの殻が硬いことを不満に思わなかった。何故ならその硬さは、それまで弱くて小さかったボクを守ってくれた硬さだったからだ。やがて殻を破り、ボクはこの世界に生まれた。
 自分が強く守られていた分だけけ、破らなければいけない殻が硬いということをボクは知っている。すべての鳥は生まれる時にそれを学ぶのだ。
 だから鳥たちはみんな自分がタマゴの中に居た頃のことを決して忘れない。

 その朝。アノ子はベッドですやすや眠っていた。アノ子の目元は赤く晴れていた。前日の夜に母親と喧嘩をしてたくさん泣いたのが原因なのだと思う。ボクはトリカゴの金網を片足で掴んで、嘴を使いカチカチと噛みつく。この行動をボクは今日までずっと続けてきた。かつてタマゴの殻を破った時と同じように何度も何度もしてきた。そうしてついにトリカゴの金網を破ることにボクは成功した。トリカゴの外に出ると普段アノ子がやっているのと同じように窓の貫抜に脚をかけた。窓は簡単に開けることが出来た。冷たい風が身体に吹き付けてきた。
 先に行くよ。
 アノ子の寝顔をちらりと見て、ボクは小さく鳴いてから、窓の外へと身体を飛び立たせた。 



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